エスペラント界最大の組織である UEA(Universala Esperanto-Asocio) は、近年国際機関への働きかけと内部改革の双方で活発に動いています。例えば、UEAは国連やUNESCOの「国際〇〇デー」に合わせて多言語教育や文化多様性を訴える声明を発表し、エスペラントを言語権擁護の観点からアピールしています。また、新技術への適応も課題で、長年進めてきた会員管理システム(AKSO)の更新計画は難航しており、ウェブサイト改革も遅れが指摘されています。加えて、近年は会員数こそ微増しているものの会費収入が減少傾向にあり、2024年予算では45,000ユーロの赤字が見込まれるなど財政面での課題も抱えています(投資活動により黒字転換したとの報告もあります)。その一方で、新型コロナ禍には初の「バーチャル世界大会」を2020年に開催し、世界中から1,800人以上が参加するなどオンラインでの結束を図りました。このようにUEAは、グローバルな発信力と組織基盤の強化に努め、エスペラント運動全体を牽引しています。
無国籍・無政府主義的立場の伝統を持つ SAT(Sennacieca Asocio Tutmonda) も、着実に活動を続けています。 2020~2022年はオンライン形式で年次大会(SAT-Kongreso)を開催し、2023年にはフランスのグレジヨン城で約55名が参加する対面大会を実現しました。これは3年ぶりの対面開催で、参加者はヨーロッパを中心に4大陸から集まりました(残念ながらアフリカからの参加者はゼロ)。大会では機関紙『Sennaciulo(センナチウーロ)』の編集方針や組織規約の改定について討議が行われたほか、各種分科会も活発に開催されています。講演テーマも西サハラ問題や欧州の難民、ジュリアン・アサンジ氏の扱いなど社会的・政治的案件が多く、エスペラントを介した国際的な連帯と社会正義の追求というSATの理念が色濃く反映されています。少人数ながらも、こうした草の根の活動がエスペラント文化の多様性を支えています。
TEJO(Tutmonda Esperantista Junulara Organizo) はUEAの青年部にあたる組織で、若者ならではの視点からエスペラント運動を活性化させています。近年特に力を入れているのが気候変動や多様性といった社会課題への取り組みです。例えば2021年には欧州評議会の支援を受けて「気候正義: 我らの地球、我らの権利、我らの未来」と題する研修セッションを企画し、持続可能な社会と人権についてエスペラント青年が学ぶ機会を提供しました。併せて「多様で平等: 多文化共生教育」というテーマの研修も行い、差別解消やインクルージョンについて議論しています。こうした国際ワークショップを通じ、TEJOは気候正義や言語多様性など現代的トピックにエスペラント青年が参画する道を開いています。また、国際連合やUNESCOの場でもUEAと連携し若者の立場から発言するなど、「若者の権利」 の代弁者としての役割も果たしています。内部的には機関誌『コンタクト(Kontakto)』の発行やオンラインニュースレター「TEJO Aktuale」の配信を通じて、世界中のエスペラント青年をゆるやかにネットワークしています。近年は休止していたエスペランティスト招待所ネットワーク「Pasporta Servo」の再活性化や、育成プログラムの開催など、次世代リーダー育成にも注力しています。国際大会(IJK)の開催と合わせ、TEJOはエスペラント運動に若いエネルギーと社会的意義をもたらしています。
エスペラント教育の専門家団体である ILEI(Internacia Ligo de Esperantistaj Instruistoj) は、語学教育分野での地道な活動を続けています。コロナ禍には年次大会やシンポジウムをオンライン開催し、デジタル技術を活用した教授法や教材開発について世界各国の教師が知見を共有しました。2022年以降は対面イベントも再開し、興味深い試みとして2023年の年次大会はイタリアでの国際青年大会(IJK)と同時併催されました。同じ会場にエスペラント教師と若い学習者が集うことで世代間交流が生まえ、教育と普及活動の連携が図られています。このようにILEIとTEJOの協力関係が強まっているのも近年の特徴です。さらに、UEAおよびTEJOと共同で国際教育デーに関する声明を発表するなど、エスペラントによる母語教育支援や言語権の重要性をアピールする活動にも関わっています。刊行物では教育専門誌の発行や学習者向け雑誌『Juna Amiko』の編集を続け、オンラインでも教育者向けのウェビナーや講座を開催して教師の力量向上を支えています。こうした活動を通じ、ILEIはエスペラント教育の質を高め、学校や学習者コミュニティへのエスペラント浸透に努めています。
エスペラントの国際イベントも、この数年で開催形式やテーマに新たな潮流が見られます。パンデミックを経て対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型が定着しつつあり、開催地の多様化や扱う話題にも現代性が反映されています。主要なイベントの近況を見てみましょう。
世界エスペラント大会(UK) – エスペラント最大の年次大会であるUK(Universala Kongreso)は、2020年と2021年に通常の対面開催ができなかったため、UEA主催でバーチャル大会が実施されました。初回の2020年バーチャルUKにはなんと1,852人ものエスペランティストがオンライン登録し、時差を超えて24時間途切れないプログラムが提供される画期的な試みとなりました。その後、107回大会(2022年モントリオール)で3年ぶりに対面形式が復活し、世界各地から数百人規模の参加者が集まりました。モントリオール大会は40年ぶりの北米開催であり、エスペラント運動史に残る出来事として記憶されるでしょう。続く 108回大会(2023年トリノ) には1,319名の登録があり、一部プログラムのオンライン中継も行われるなどハイブリッド要素も加わりました。また2023年大会ではロシアからの参加者がわずか1名に留まる一方、翌年の開催地がアフリカと決まったことで多数のアフリカ人エスペランティストがビザを取得して来場し、会場で2024年大会(タンザニア・アルーシャ)の宣伝活動を行う光景も見られました。109回大会(2024年アルーシャ)は史上初めてサハラ以南のアフリカで開かれる予定で、そのテーマも「人々と言語と環境-より良い世界のために」と掲げられており、地域・内容の両面で多様性を拡大する方向にあります。
国際エスペラント青年大会(IJK) – 世界中の若いエスペランティストが集うIJKも、2020年はオンライン開催(イベント名「Retoso」)で凌ぎ、2022年にオランダで対面復活しました。2022年大会(第78回)には233名が参加し、その約4分の1が初参加者でした。2023年の第79回大会はイタリアで開催され、前述のILEI大会と合同で行うという新しい試みに踏み切っています。次回2024年の開催地選定を巡っては、当初候補に挙がったアフリカ(タンザニア)案とヨーロッパ(リトアニア)案で議論が起こりました。アフリカ開催は「欧州偏重を是正し現地の若者運動を支援すべき」との意見が出た一方、「世界大会(UK)と併催になるとIJKの独自性が損なわれる」との懸念も示されました。最終的に第80回大会(2024年)はリトアニア開催に決まりましたが、この議論は若手世代が地理的多様性やイベントの在り方を模索していることを物語っています。なおTEJOはオンラインイベント「Retoso」をコロナ後も継続しており、年に一度、対面IJKに参加できない若者も含め気軽に集える場を提供しています。リアルとオンライン双方で若者コミュニティを維持する工夫が進んでいます。
NASK(北米エスペラント夏期講習会) – アメリカ合衆国で50年以上の歴史を持つエスペラント集中講習会NASKも、この数年で開催形態を柔軟に変化させました。2020年には通常の対面合宿をオンラインに切り替えた結果、例年の3倍もの受講者が集まった例もあり、リモート形式が新規学習者の裾野を広げる効果を示しました。近年は春季にオンライン講座を開講し、夏には短期の対面合宿を実施するハイブリッド型となっています。2023年も春にオンラインコース(講師:ラファ・ノゲラス氏ほか)を行い、7月にノースカロライナ州で5日間の対面講習を開催しました。初級から上級まで複数レベルのクラスを設け、著名な講師陣(上級クラスは現UEA会長のダンカン・チャータース氏が担当)の指導の下で学べる貴重な機会となっています。このようにNASKはオンライン学習を組み合わせることで参加ハードルを下げつつ、対面の濃密な語学体験も提供し、北米地域の学習コミュニティを支えています。
Komuna Seminario – アジアのエスペラント若者団体が持ち回り開催する Komuna Seminario(コムーナ・セミナリーオ) も注目すべきイベントです。中国・日本・韓国・ベトナムの青年エスペランティストが毎年一堂に会し、文化交流や議論を行うこのセミナーは、パンデミック中の2021年と2022年はオンライン開催となりました。しかし第41回(2023年)は現地開催に戻り、12月にベトナムのハノイ及びニンビンで開催されています。アジアでは最大規模のエスペラント青年イベントであり、2023年のテーマは「テクノロジーの急速な発展が我々の生活に与える影響」でした。このテーマ設定からもうかがえるように、単に語学交流だけでなく現代社会の課題について議論する場にもなっています。東アジア各国の若者が言語を超えて意見交換し友情を育むKomuna Seminarioは、地域におけるエスペラント文化の発展とコミュニティ強化に大きく貢献しています。
エスペラント運動のもう一つの大きな変化は、SNSやアプリを通じたコミュニティ形成です。特に若い世代のエスペランティストはインターネット上で積極的に交流し、新しい学習者もデジタルツール経由で世界に加わっています。
TwitterやFacebookといった従来型SNSに加え、近年は Reddit や Discord 上に大規模なエスペラントコミュニティが出現しています。たとえば英語圏の匿名掲示板Redditの 「r/Esperanto」 サブレディットには、現在およそ32,000人のメンバーが登録しており、日々質問への回答や学習相談・雑談が行われています。Discordでもエスペラント専用サーバーが人気で、最大のサーバーには8千人を超える参加者が集っています。これらのオンラインコミュニティでは、ミーム画像を使った気軽な投稿から真剣な文法議論まで幅広い話題が飛び交い、初心者も上級話者も垣根なく交流しています。特筆すべきは、その即時性とグローバルな広がりです。投稿すれば数分で世界中の仲間から返信がもらえる環境は、地理的に分散したエスペラント話者同士を以前にも増して強く結びつけています。またInstagram上でも #esperanto などのハッシュタグで学習アカウントやエスペラント句を紹介する投稿が増えており、YouTubeでも「Evildea」などエスペラント系YouTuberによる教材動画・ vlogが人気を博しています。こうしたSNS上の盛り上がりは若年層にエスペラントを広める原動力となっており、「エスペラント文化」をオンライン空間にも根付かせつつあります。
スマートフォンの普及に伴い、エスペラント学習者は専用アプリからも急増しています。中でも無料語学アプリ Duolingo はエスペラント人気を飛躍的に押し上げました。2015年に英語話者向けのエスペラントコースが登場して以来、累計で数百万がコースを開始し、2022年時点で約30万のアクティブ学習者がいると報告されています。一時はスペイン語話者向けやポルトガル語話者向けコースも提供されましたが、運営上の理由で2023年初頭にこれらは終了し(英語話者向けコースは継続中)、現在も世界中の初心者が英語ベースのコースでエスペラントを学んでいます。
実際、Duolingoでエスペラントを学び始めた「パンデミック世代」の若者が、そのままオンラインコミュニティに参加したり国際大会に足を運ぶケースも増えました。加えて、総合学習サイト Lernu.net には2018年時点で登録者32万人を超えるなど、ウェブ教材による独習環境も充実しています。学習段階を終えた人々が実践練習に使っているのが、エスペラント話者検索アプリ Amikumu です。GPSを利用して近くのエスペランティストを表示してくれるこのアプリには2020年時点で既に2万人以上のユーザーがおり、その約3分の2がエスペラント話者でした。今ではさらに数を増やし、旅行先でもワンタップで現地の仲間を見つけて直接会話を楽しむ、といったことも容易になっています。こうしたアプリ利用の実態を見ると、エスペラント学習〜実践までのサイクルが格段に回りやすくなっていることがわかります。時間や場所の制約を超えて学び・出会えるデジタルツールは、21世紀のエスペラントコミュニティ発展に不可欠な基盤となっています。
デジタル世代のエスペランティストは、エスペラントを国際共通語として使うだけでなく、現代社会の課題に積極的に関わる動きを見せています。前述のようにTEJOは気候正義(klimata justeco)や言語権(lingvaj rajtoj)、多様性(pluraneco)といったテーマで国際セミナーや研修を開催し、各国の若者がエスペラントを介して問題意識を共有する場を作り出しました。例えば気候変動に関する欧州青年センター(ストラスブール)での研修では、「持続可能な社会と人権」「気候危機と言語の役割」といった内容をエスペラントと英語で学び、各国の若手活動家が自国で環境問題に取り組むスキルを身につけました。またジェンダー平等や平和教育についても議題に挙げ、エスペラントが「世界の若者をつなぐ共通基盤」として機能しています。さらに、国連の持続可能な開発目標(SDGs)実現に向けたユースフォーラムにエスペラント青年代表が参加するなど、エスペラント運動の若年層は他言語の活動家とも連帯しながら国際社会で存在感を示しつつあります。こうしたプロジェクトは、エスペラントが単なる語学趣味を超えて地球規模の問題解決に貢献し得ることを示す好例です。その背景には、「エスペラントの理念(平等なコミュニケーション)は現代の諸課題にも通じる」という信念があります。実際、UEAとTEJOは世界各国語の平等と多言語主義を推進する立場から、文化的多様性や母語教育の重要性を繰り返し訴えています。エスペラント青年たちが気候マーチに参加したり、オンラインで多文化交流イベントを開催する機会も増えており、「エスペラント文化」はより社会参加型で開かれたものへと発展しています。
以上のように、エスペラント運動は伝統を守りつつも新しい時代に合わせて変化を遂げています。主要団体は組織運営の刷新や社会への発信を強化し、国際イベントは柔軟な形式と多彩なテーマで参加者を魅了しています。特に若い世代がSNSやアプリで築くコミュニティは、エスペラントの学習・実践環境を一変させました。創始から一世紀以上経たエスペラントですが、その文化活動はむしろ現在進行形で拡大しており、言語の壁を越えた絆づくりや社会貢献の可能性を示し続けています。各地のエスペランティストたちが培ってきた国際連帯の精神は、デジタル技術や新たな価値観と結びつくことで一層輝きを増し、今後も私たちにユニークで興味深い物語を提供してくれるでしょう。
Vi povas provi Legilon: 17.2 エスペラント運動の近年の文化活動とコミュニティ発展
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