エスペラントは人工言語ながら、詩から小説、SF、戯曲、エッセイ、児童文学まで幅広いジャンルで独自の文学が発展しています。初期には歴史的意義は認められるものの純文学としての評価は高くなかった作品もありましたが、第一次世界大戦後には各国出身の才能ある作家たちが登場し、エスペラント文学は質的にも飛躍を遂げました。現在までにエスペラント語の書籍は2万5千冊以上出版されており、世界エスペラント協会(UEA)のカタログに4千冊以上が掲載されています。ここではエスペラント学習者に向けて、ジャンルごとの代表的な作品とその特徴、背景などを紹介します。
エスペラント詩は若い言語とは思えない豊かな表現力を示しています。代表的詩人の一人、スコットランド出身のウィリアム・オールドは長編叙事詩『La Infana Raso(幼き種族)』でノーベル文学賞に三度ノミネートされました。『La Infana Raso』は人類の未来をテーマにした壮大な詩篇で、エスペラント詩の最高傑作と称されます。またオールドはエスペラント詩の名作を集めた『Esperanta Antologio(エスペラント詩選集)』を編纂し、詩壇に多大な貢献をしました。第一次大戦間にはハンガリー出身のカルマン・カロチャイ(Kálmán Kalocsay)やポーランド出身のエウゲーニオ・ミハルスキ(Eŭgeno Miĥalski)といった詩人が台頭します。カロチャイの詩集『Streĉita Kordo(張りつめた弦)』は生き生きと斬新な言葉遣いと完璧な技巧で知られ、ミハルスキの『Plena Poemaro』(全詩集)は政治的メッセージを孕みつつも圧倒的な迫力を持つ作品として評価されています。ユリオ・バギー(Julio Baghy)は戦争捕虜としての体験を背景に、人間愛や平和への希求を抒情豊かに歌った作品集『Preter la Vivo』で、独自の新鮮な比喩表現や音楽的な韻律や、従来のエスペラント詩にはなかったアソナンス(母音の韻)などを用い、読者を魅了する詩世界を作り上げています。こうした詩人たちの登場によって、エスペラント詩は国際詩に匹敵する水準に達しました。さらに現代では中国の毛自赋(Mao Zifu)やアイスランドのバルドル・ラグナルソン(Baldur Ragnarsson)など、世界各地の詩人がエスペラントで優れた作品を発表し続けています。詩はエスペラント文学の真髄ともいわれ、韻律や語の響きを活かした作品群は、学習者にも言語の美しさを伝えてくれるでしょう。(https://blogs.transparent.com/esperanto/start-reading-esperanto-literature/)
エスペラントによる小説創作も各時代に重要な作品が生まれています。最初期にはフランス人アンリ・ヴァリエンヌ(Henri Vallienne)による『プレロンゴ城』(1907)など長編小説が登場しました。これら初期作品はエスペラント運動史の資料的価値はあるものの文学的評価は限定的でした。しかし1920年代以降、文学性の高い小説が現れ始めます。例えばポーランド出身の作家ジャン・フォルジュ(Jean Forge)の心理小説『深淵(Abismoj)』や、ソ連出身のウラジミル・ヴァランキンの社会派小説『Metropoliteno(地下鉄)』(1933)は、エスペラント文学史上初めて「傑出した質」を持つと評価されました。『Metropoliteno』は1920年代末のベルリンとモスクワの地下鉄建設を題材に、急速に変わりゆく社会を描いたヴァランキンの代表作で、その構想力と写実性からエスペラント長編小説の金字塔と称されています。バギーの『Printempo en la Aŭtuno』(1931)は若い男女の初々しい恋を描いたもので、繊細な筆致で淡い恋心と人生の秋に訪れた春のような希望を表現しています。登場人物である青年と少女の間に芽生える愛情が、穏やかな田園風景の中で物悲しさとともに綴られており、その甘く切ないロマンスは多くの読者の心を捉えました。バギーはエスペラントで豊かな心理描写が可能であることを示し、同時代のエスペラント文学に新たなジャンルを開拓しました。1930年代初頭はエスペラント長編小説がいくつも発表された時期ですが、本作はその中でも際立った成功を収め、エスペラント文学の古典の一つに数えられています。『La Verda Koro』(1937年)は、バギーがエスペラント学習者向けに書いた短い小説(中編)です。第一次大戦後のシベリアでの自身の抑留体験に取材し、捕虜となったエスペランティスト(エスペラント話者)たちの交流を題材にした易しい読み物となっています。1950年代にはイギリス(スコットランド)出身のチェザーロ・ロッセッティの『Kredu min, Sinjorino!(信じてください、奥様!)』が登場します。これはエスペラントで書かれた有名なユーモア小説で、詐欺師の主人公が語る波瀾万丈の身の上話をコミカルに綴った作品です。軽妙な文体とユーモアに富み、エスペラントらしい語遊びもあって、中級レベルの学習者にも比較的読みやすいでしょう。
エスペラント文学には独自のSF作品も存在します。その白眉がハンガリー出身のシャーンドル・サトマリによる長編小説『Vojaĝo al Kazohinio(カゾヒニアへの旅, 1958年)』です。架空の島国カゾヒニアを舞台にユートピアとディストピアを風刺的に描いた物語で、ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』に着想を得た主人公ガリヴァーの冒険譚となっています。この作品は「我々の文学でもっとも心を騒がす傑作」とも評され、エスペラント文学の中でも突出した評価を受けています。実際、カゾヒニアは「どの国の文学に属していても傑出していただろう」と言われるほど完成度が高く、エスペラント発のSFとして世界的にも注目されました。論理だけで動く無感情な社会や、過度な宗教・芸術に傾倒する社会を描くことで、人間性とは何かを問う哲学的SFになっています。エスペラントSFは他にも、時間旅行や未来社会を扱った短編が文学コンクールで入賞するなど地道に書き継がれています。近年ではスウェーデンのステン・ヨハンソンや、アメリカのティム・ウェストオーヴァーらがSF的な発想を盛り込んだ小説や短編集を発表し、評価を得ています。例えばウェストオーヴァーの短編集『Marvirinstrato』所収の数編はUEAの文芸コンクール「Belartaj Konkursoj」で一等賞を含む連続受賞を果たしました。このように、エスペラント文学の想像力はSFの分野でも発揮されており、国際共通語ならではの独創的な視点が楽しめます。
エスペラントの短編小説も豊作です。例えば前述の『Marvirinstrato(人魚通り)』はアメリカ人作家ティム・ウェストオーヴァーが2000年代にエスペラントで著した短編18編から成る作品集です。フェニックス(不死鳥)や人魚といった幻想的な生き物が登場しながらも、各編では「愛、成長、幸福、喪失、後悔、夢の成就と挫折」といった人間的な感情と体験が描かれています。異世界的なイメージを通して日常の人間模様を映し出し、言葉遊びや風刺、アイロニーを交えユーモアもたっぷりです。実際この短編集の中の三作はUEAの文芸コンクールで2005〜2007年に一等から三等を受賞しており、他の作品も各種雑誌『Beletra Almanako』『Fonto』『Literatura Foiro』などに掲載され高い評価を得ました。このように短編の分野でも、現代エスペラント作家が国際的な文学賞で認められる作品を生み出しています。短編は長編小説に比べて一話が短くまとまっているため、学習者にとっても読み切りやすい点が魅力です。エスペラント特有のウィットに富んだショートショート集から、人間ドラマを凝縮した中編小説まで、多彩な短編作品がエスペラント文学の奥行きを示しています。
エスペラントによる戯曲や演劇も、ささやかながら伝統があります。特に第二次大戦後、英国のハロルド・ブラウンをはじめ現代のエスペラント作家たちがいくつかの戯曲を発表しました。ブラウンは複数のオリジナル戯曲を執筆し、エスペラント演劇の発展に貢献した人物です。また各国のエスペラント劇団によってシェイクスピアやモリエールなどの名作がエスペラント上演された例も多く、国際大会で演劇祭が開かれることもあります。エスペラントで書かれたオリジナル劇として有名なものに、第一次大戦期のハンガリーを舞台にした『Víctor en Afriko』(ユリオ・バギー作)や、日本の俳句を題材にした実験劇などがありますが、いずれも専門的で上級者向けです。学習者にとっては、やさしい会話劇やスケッチ(寸劇)の台本が教材として出版されているので、まずはそうした短い劇作品から触れてみるのが良いでしょう。エスペラントの戯曲は数こそ多くありませんが、多言語の役者が一堂に会する世界公演なども行われており、「誰もが理解できる演劇言語」としての可能性を示しています。
エスペラントで書かれたエッセイやノンフィクションも見逃せません。エスペランティストたちはしばしば自らの国際的な体験を綴り、文化や思想を語ってきました。たとえばユーゴスラビア出身の冒険家ティボール・セケリは世界五大陸を巡る旅を書いた紀行文集『Mondo de travivaĵoj(体験の世界)』を著し、首脳から食人種までに出会った波乱万丈の体験談で読者を魅了しました。また、ロシアの盲目のエスペランティストワシリー・エロシェンコは1910~20年代に渡日・渡中し、東京や北京で視覚障害者教育に携わりながら多くの童話的短編や随筆を書き残しています。エロシェンコの作品は寓話が多く、児童文学としても読むことができる内容で、今なお日中両国で親しまれています。ポーランド出身のジャーナリストロマン・ドブルジンスキはブラジルのエスペラント寄宿学校についてのルポルタージュ『Bona Espero: idealo kaj realo』を著し、理想郷の現実を追求しました。さらに、スイスのエドモン・プリヴァは自身の自伝的著書『Aventuroj de pioniro(エスペラント開拓者の冒険)』や盟友ガンジーの伝記『Vivo de Gandhi』を著し、エスペラント運動草創期の貴重な記録を残しています。学習者にとって、これらエッセイや伝記はエスペランティストの視点から各国文化や歴史を知る手がかりとなり、読み物としても興味深いでしょう。また、エスペラントそのものに関する評論・随筆も数多く、クロード・ピロン(スイス)の『La Bona Lingvo(良き言語)』はエスペラントの言語的美点を平易なエッセイで述べた名著として、上級者には一読を勧めたいところです。
クロアチア人作家スポメンカ・シュティメッツの『Croatian War Nocturnal』英訳版(原作はエスペラントの『Kroata Milita Noktlibro』)。旧ユーゴ紛争を題材に、Esperanto(希望する、の意)という言語が戦禍の中で象徴的な役割を果たすユニークな作品です。
エスペラントの児童文学は、オリジナル作品と各国名作の翻訳の両面で充実しています。オリジナル作品としては前述のエロシェンコの童話風短編のほか、ブルガリアのユリアン・モデスト(Julian Modest)による児童向け小説や、日本人エスペランティストが書いた絵本などが各国で発表されてきました。例えば、近年にはチェコを舞台に宝探しを描いた『La enigma trezoro』などエスペラントのオリジナル青少年向け小説も刊行されています。児童向け作品はやさしいエスペラントで書かれているため、語彙を増やしたい学習者に適しています。またエスペラントでは世界の児童文学を自国語に関係なく読める利点があり、『不思議の国のアリス』『星の王子さま』『ガリバー旅行記』などが質の高いエスペラント訳で楽しめます。こうした翻訳児童文学は各国の児童文化に触れる窓口にもなっており、エスペラントが「子どものための国際語」として活用されている一例といえます。初心者にはエスペラントで書かれたごく短い昔話や童謡集もおすすめです。ハンガリーのカロチャイは子どもの詩も書き、簡潔な言葉遊びを通じて言語感覚を磨ける素材を提供しました。児童文学の分野でも、エスペラントは国境を越えて子どもたちの想像力を育んでいます。
エスペラント文学には、学習者が楽しみながら読解力を伸ばせるよう工夫された作品もあります。最も有名なのが、スイス人のクロード・ピロンが書いた短編小説『Gerda Malaperis!(ゲルダ消失!)』です。エスペラント文学でも指折りの有名作であり、会話文がごく易しいところから始まり徐々に語彙と文の難易度が上がっていく構成になっており、日常単語を使いながら読者を物語に引き込んでいきます。初心者が楽しみつつ語彙を習得しやすいよう計算されており、基本文法の復習要素も含むミステリー仕立ての作品です。物語は大学生たちの前で謎の女性ゲルダが突然姿を消す事件から始まり、暗号と謎解きが展開するエンターテインメントで、語学教材として書かれたとは思えない面白さがあります。『Gerda malaperis!』は書籍として出版された後、電子教材やDVD映画にもなっており、現在はオンラインで無料公開されているためすぐに読み始めることができます。ピロンは他にも初心者向け読み物を多く手掛けており、『Gerda』と並んで『Lasu min paroli plu』(もっと話させて)や『Dankon, amiko』(ありがとう、友よ)といった作品も有名です。ピロンの文体は「非常に平易でありながら豊かで、易しさと繊細さを両立した見事なもの」だと評されており、エスペラント初心者に最適の著者と言えるでしょう。 初級者向けの定番としては他にも、スイスのエドモン・プリヴァによる短編小説『Karlo』が挙げられます。1909年に刊行された44ページほどの物語で、孤児の少年カルロの成長をやさしいエスペラントで綴っています。この本は一世紀以上にわたりエスペラント学習者用の標準的な読本と位置づけられており、初級教程をひととおり終えた学習者が読解力を養う教材として広く使われてきました。プロジェクト・グーテンベルクなどで公共財として電子化されており、無料で入手できるのも魅力です。物語自体も心温まる内容のため、学習用とはいえ読後感の良い作品です。 中級以上にステップアップしてきたら、エスペラント文学そのものを味わいながら語彙を広げていく段階です。前述のロッセッティの『Kredu min, Sinjorino!』や、チェコ出身の作家カーロル・ピーチの風刺小説、オーストラリアのトレバー・スティールの歴史小説『Sed nur fragmento』など、読みごたえのある長編が数多く待っています。中級者が最初に挑戦するなら、エスペラント文学者ウィリアム・オールドが選んだ基本図書リストにも載るロッセッティのユーモア小説や、展開がスリリングなミステリー調の『Ili kaptis Elzan!』(彼らはエルザを捕まえた!)(ピロン作)などが良いでしょう。語彙が難しい部分は各国語対訳の単語集を活用したり、エスペラントオンライン辞書を引きながら読み進めることで克服できます。エスペラントは規則的な文法のおかげで、多少語彙が分からなくても文脈から意味を推測しやすい利点があります。読書を通じて生きた表現を吸収することで、学習者のエスペラントは飛躍的に上達するでしょう。
エスペラント文学は著者の出身国も時代も多彩であり、その国際性が大きな特徴です。例えば、詩人のオールド(英国)やカロチャイ(ハンガリー)、小説家のヴァランキン(ロシア)やロッセッティ(英国)、エッセイストのセケリ(旧ユーゴ)やシュティメッツ(クロアチア)など、世界各地の作者がそれぞれのバックグラウンドを持ちながら共通の言語で創作しています。その結果、エスペラント文学には各国の文化的要素や歴史体験が織り込まれ、読者は一つの言語で地球規模の多様性に触れることができます。例えば、クロアチア内戦を女性エスペランティストの視点から描いたスポメンカ・シュティメッツの作品では、エスペラントという言語自体が「国境を超える希望」の象徴として機能していると評されています。このように国際語エスペラントで書かれた文学作品は、単なる言語の産物に留まらず、国際理解や平和、普遍的な人間性といったテーマに深く関わっています。
エスペラントの本は世界各地で出版されており、日本でも日本エスペラント協会(JEI)や各地のエスペラント団体の書店で購入可能です。またUEA(世界エスペラント協会)の図書サービスや、Flandra Esperanto-Ligoのオンライン書店(Retbutiko)などから国際郵送で取り寄せることもできます。現在ではHector Hodler図書館(オランダ)や Butler 図書館(英国)などに世界中のエスペラント書籍が所蔵されており、研究者だけでなく一般の読者も利用できます。さらに、近年はデジタル化も進み、プロジェクト・グーテンベルクやWikimedia Commons、Texstaro.com(エスペラント電子テキストコーパス)といったオンライン図書館で著作権切れの名作を無料で読むことができます。例えばロッセッティの『Kredu min, Sinjorino!』やプリヴァの『Karlo』はインターネット上で公開されており、すぐに読み始められます。学習者にとって嬉しいのは、『Gerda malaperis!』や『Fajron sentas mi interne』(ウルリヒ・マティアス作)といった初級者向け作品がオンラインで無償提供されていることです。紙の本が手に入りにくい場合でも、電子書籍やPDFでエスペラント文学を楽しむ環境が整いつつあります。
最後に、エスペラント文学の読書を通じて得られるものについて触れておきます。それは単に語学力の向上に留まりません。エスペラントで書かれた物語や詩を読むことで、世界各地の文化や思想にエスペラントというフィルターを通して出会えるのです。エスペラント文学は「世界市民の文学」とも言えるでしょう。多言語のバックグラウンドを持つ著者たちが織り成す物語世界は、読者に国際的な視野と共感を育ませてくれます。エスペラント学習者の皆さんも、ぜひお気に入りの一冊を手に取って、この豊かな文学の伝統に触れてみてください。エスペラントという共通語が生み出した物語は、きっとあなたの語学の旅を彩り、世界をより身近に感じさせてくれることでしょう。
Vi povas provi Legilon: 17.1 エスペラント文学の世界:ジャンル別の代表作とその魅力
Kajero
Per Rapida Logik-Rezonada Sistemo 高速度推論システム Cainia0 高速度邏輯推理系統
Programita de Sato kaj Cai Niao
Funkciigita de SWI-Prolog
2019-03-14 ver. 1; 2023-09-01 ver. 2; 2024-11-25 ver. 3
Babilejo