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学習メモ

76件のメモ

ĉe が時間について使えないわけではありません。ただし、「3時に」のように時計の時刻を指定するときには、ĉe ではなく je を使う語法が定着しています。

【ĉe は時間にも使える】

ĉe の基本的な意味は「〜のそばに」「〜のところで」という近接関係です。場所だけでなく、時間についても使えます。

ĉe la komenco de la tagiĝo
「夜明けの始まりに」

ĉe ĉiu vorto
「一言発するたびに」

したがって、「ĉe は場所専用の前置詞だから時刻には使えない」という説明は不正確です。また、時間に使う ĉe が、必ず「〜ごろ」という曖昧な時刻を表すわけでもありません。

【時計の「何時に」は je】

je は固有の意味を限定されていない前置詞ですが、その使い方にも慣用があります。代表的な用法の一つが時刻の指定です。

Mi venos je la tria.
私は3時に来ます。

Mi venos ĉirkaŭ la tria.
私は3時ごろ来ます。

Mi venos antaŭ la tria.
私は3時より前に来ます。

Mi venos post la tria.
私は3時より後に来ます。

「〜に」「〜ごろ」「〜より前」「〜より後」で前置詞を使い分けます。「時刻には je を使う」とは、時刻に関係する表現がすべて je になるという意味ではありません。

【なぜ ĉe ではいけないのか】

PMEGは、ĉe の時間的用法を説明したうえで、次のように述べています。

“Por montri horon oni tamen ne uzas ĉe, sed ĉiam je.”

「しかし時刻を示すには ĉe を使わず、常に je を使う。」

これは「時間には ĉe を使えない」という一般規則ではなく、時計の時刻を指定するときの語法です。

したがって、ĉe の基本義から「時刻にも使えるはずだ」と機械的に判断するのではなく、「3時に」は je la tria と覚えるのが適切です。ĉe la tria を「3時に」の標準的な表現としては使いません。

【まとめ】

ĉe は時間にも使える。ただし、時計の「何時に」は je。
「何時ごろに」なら ĉirkaŭ を使います。

【参考資料】

PMEG「Ĉe」― 特に「Tempo」の節

PMEG「Je」― 特に「Tempopunkto」の節

PMEG「Horoj」― 特に「Rolmontriloj de horo」の節

krokodili自国語で話す は、エスペラントを使う場で、母語などの民族語を話すこと。Lindstedtは、この語の意味や使い方を理解するには、「エスペラントを練習する機会を活用するのがよい」という共同体の規範を知る必要があると説明する。語の意味が、共同体の慣習と結びついている例である。

学習用の作例(論文からの引用ではない):Ne krokodilu!「(この場では)エスペラントで話して!」。

出典:Jouko Lindstedt, Ĉu infana Esperanto estas natura Esperanto?, 第3節「La socia natureco」, p. 210. ※語義の説明と作例は学習用の補足。

Lindstedtによると、klopodi奔走する / 尽力する は、もともとの「気をもんで世話をする」という意味から、provi試す / 試用する「試みる」に近い方向へ意味が移った。本文の例は Mi klopodis veki ŝin.「私は彼女を起こそうと努めた」。このように、不定詞を続けて「何をしようと努めたか」を表せる。著者は、借用元の語の意味や用法に縛られず、エスペラントの中で使い方が発展した例として挙げている。

出典:Jouko Lindstedt, Ĉu infana Esperanto estas natura Esperanto?, 第3節「La socia natureco」, p. 210.

apreciイノシシapr性質eci / aprezi真価を認める / 高く評価する は「高く評価する」「価値を認める」。Lindstedtは、ŝati価値を認める / 高く評価する の意味が「高く評価する」から「好きである」へ移ったため、従来の意味を担う語として apreci / aprezi が必要になったと説明する。論文では両形を併記している。ある語の意味の変化が、別の語の導入につながる例である。

学習用の作例(論文からの引用ではない):Mi aprezas vian laboron.「あなたの仕事を高く評価しています」。

出典:Jouko Lindstedt, Ĉu infana Esperanto estas natura Esperanto?, 第3節「La socia natureco」, p. 210.

Lindstedtによると、ŝati価値を認める / 高く評価する は、もともとの「高く評価する」から、ami愛する / 好きである や plaĉi気に入る / 好かれる に近い「好きである」の意味へ移った。本文の例は Mi ŝatas glaciaĵon.「私はアイスクリームが好きだ」、Mi ŝatas bicikli.「私は自転車に乗るのが好きだ」。好きな対象を -n の目的語で、好きな行為を不定詞で表せる。著者はこれを、共同体での使用を通して自然に意味が変化した例として挙げている。

出典:Jouko Lindstedt, Ĉu infana Esperanto estas natura Esperanto?, 第3節「La socia natureco」, p. 210.

Mi serĉas kuraciston.
私は医者を探しています。

Mi serĉas la kuraciston.
私はその医者を探しています。

どちらも正しい文です。違いは、探している人が医者かどうかではありません。「どの医者のことか、聞き手にも分かるものとして話すか」が変わります。

【1.la は「どれのことか分かりますね」という合図】

人や物を指すとき、la は、話し手が「聞き手はどの人・物のことか分かるだろう」と考えていることを示します。

Mi serĉas la kuraciston.
私はその医者を探しています。

たとえば、二人でさっき話題にした医者を探している場面です。la kuraciston は、その会話で特定できる医者を指します。

ここでいう「分かる」は、顔見知りであることや、名前を知っていることに限りません。話の流れ、目の前の状況、付け加えた説明から、どの人か分かる場合も含みます。

日本語の「その」は違いを見せるための訳です。la のたびに「その」と訳す必要はありません。また、la 自体が「近い・遠い」「指さしている」ことを示すわけでもありません。

【2.la がないから「誰でもよい」とは限らない】

Mi serĉas kuraciston.
私は医者を探しています。

この言い方だけでは、どの医者かを聞き手が特定できるものとして示していません。診てくれる医者が必要で、まだ相手が決まっていない場合にも使えます。

しかし、「話し手の頭にも特定の人がいない」とまでは言えません。

Mi serĉas kuraciston. Lia nomo estas Sato.
私はある医者を探しています。その人の名前は佐藤です。

この場面では、話し手は探す相手を決めています。それでも、聞き手に初めてその人を紹介するので、kuraciston と言えます。

分けて考えたいのは、次の二点です。

・話し手は、特定の誰かを思い浮かべているか。
・話し手は、聞き手もどの人か特定できると考えているか。

前者が「はい」でも、後者が「いいえ」なら、la のない言い方ができます。「自分が知っている人だから la」とは決められません。

また、la がなくても、どの個人かが今回の話では重要でない場合があります。冠詞のない名詞を、いつも「誰でもよい」「実在しない」と読み替えないようにしましょう。

なお、この節では mia や tiu なども付かない名詞を扱っています。そうした語がある場合は、後の第6節で区別します。

【3.最初は kuracisto、同じ人をもう一度指すと la kuracisto】

Hieraŭ mi renkontis kuraciston en la trajno. La kuracisto parolis pri sia laboro.
昨日、私は列車の中である医者に会いました。その医者は自分の仕事について話しました。

最初の kuraciston で、新しい人物を話に登場させています。次の la kuracisto は、いま紹介したその人を指します。

聞き手は名前を知らなくても、「列車で会ったその医者だ」と分かります。これも la を使える「分かる」です。

ただし、「二回目だから」という回数だけで決めるのではありません。同じ人を指すと分かることが大切です。

Poste mi renkontis alian kuraciston.
その後、私は別の医者に会いました。

こちらは別の人物を導入しています。kuracisto という単語が二回目に出てきても、同じ人とは限りません。

【4.初めて話題にしても la を使える】

部屋に扉が一つあり、どの扉か互いに分かる場面で、こう言えます。

Bonvolu fermi la pordon.
扉を閉めてください。

扉をそれまで話題にしていなくても、その場の状況から特定できます。「初出だから la は不可」という規則ではありません。

説明を添えて、どの人かを特定することもできます。

Mi serĉas la kuraciston, kiu ĵus eliris el ĉi tiu ĉambro.
私は、たった今この部屋から出ていった医者を探しています。

今出ていった医者が一人で、聞き手もその説明から誰か分かる場面です。前からその人を知っている必要はありません。

一方、説明が付けば必ず la が必要になるわけでもありません。

Mi serĉas kuraciston, kiu povas veni hodiaŭ.
私は、今日来られる医者を探しています。

この説明は、探す相手の条件を述べています。条件に合う誰かを探しており、それだけでは聞き手が特定の一人を指せません。

同じ kiu の節でも、「どの人か分かる説明」なのか、「候補に求める条件」なのかを見ます。関係節の有無だけでは、la は決まりません。

【5.「医者だ」と職業を述べるとき】

Mia fratino estas kuracisto.
私の姉/妹は医者です。

ここでは kuracisto が、その人の職業を説明しています。「どの医者か」を同定する言い方ではないので、単に職業を述べるなら la は付けません。

Mia fratino estas la kuracisto, kiun vi renkontis hieraŭ.
私の姉/妹が、あなたが昨日会った医者です。

こちらでは、「昨日会った、あの医者は誰か」を結び付けています。単なる職業の説明から、特定の人を同定する文へと変わっています。

この二つの kuracisto は、いずれも estas の後の補語なので、目的語の -n は付けません。la の有無と、主語・目的語・補語の区別は別の問題です。

【6.mia や tiu に、さらに la は重ねない】

Mi serĉas mian kuraciston.
私は自分のかかりつけの医者を探しています。

Mi serĉas tiun kuraciston.
私はその医者を探しています。

mia「私の」や tiu「その」が名詞に付く場合、普通の文では、さらに la を加えません。

○ mian kuraciston
○ tiun kuraciston
× la mian kuraciston
× la tiun kuraciston

つまり、「la がない」ことだけを見て「どの人か分からない」と判断してはいけません。mia や tiu など、ほかの語が名詞を限定している場合もあるからです。

ただし、名詞を省いて la mia「私のもの」のように言う用法は別です。ここで避けるのは、名詞に付いた mia や tiu に la を重ねる形です。

【7.複数でも、目的語でも、la の形は同じ】

La kuracistoj alvenis.
その医者たちが到着しました。

Mi salutis la kuracistojn.
私はその医者たちに挨拶しました。

la は複数の -j や目的語の -n を取りません。必要な語尾は名詞や形容詞に付けます。

また、複数の la kuracistoj は、文脈で分かる医者の集団を指せます。「特定できる」とは、いつも一人だけという意味ではありません。

なお、種類全体を述べる La kato estas mamulo.「猫は哺乳類だ」のような la もあります。このような総称用法と、今回の「どの人・物を指すか」という使い方は区別して読みます。

【読むとき・書くときの確認】

・誰かを指す文か、職業・種類を説明する文か。
・聞き手は、どの人・物のことか分かるだろうか。
・その手がかりは、前の話、目の前の状況、説明のどこにあるか。
・la がないことを、「誰でもよい」と決めつけていないか。
・mia や tiu などが、すでに名詞を限定していないか。

【確認問題】

① Mi serĉas kuraciston. と言った人は、特定の医者を思い浮かべていない、と断定できますか。

② 二人で一人の医者について話したあと、その人の居場所を尋ねます。どちらがその人を指す言い方ですか。
A. Kie estas kuracisto?
B. Kie estas la kuracisto?

③ その場に扉が一つあり、どの扉か互いに分かります。会話の最初から Bonvolu fermi la pordon. と言えますか。

④ 「私の兄/弟は職業が医者です」というだけなら、どちらを選びますか。
A. Mia frato estas kuracisto.
B. Mia frato estas la kuracisto.

⑤ 「自分のかかりつけの医者を探している」と言うとき、Mi serĉas la mian kuraciston. の la は必要ですか。

【答え】

① 断定できません。
話し手には特定の相手がいても、聞き手にはまだその人を紹介していない場合があります。

② B です。
直前に話した、どの人か分かる医者を la kuracisto で指します。A は、その既知の人を指すものとして示していません。

③ 言えます。
初出でも、目の前の状況から特定できれば la を使えます。

④ A です。
職業の説明なので kuracisto とします。B は、文脈で分かる特定の医者との同一性を示す言い方です。

⑤ 必要ありません。この形では付けません。
Mi serĉas mian kuraciston. とします。

【参照】
PMEG:la の基本規則
PMEG:la と個々の人・物
PMEG:どのように「既知」になるか
PMEG:職業・種類を述べる場合
PMEG:mia など、ほかの限定詞

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:目的語なのに -n がない?――multe da と multajn
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Mi legis multajn librojn.
私は多くの本を読みました。

Mi legis multe da libroj.
私は多くの本を読みました。

どちらも正しい文です。読む対象はどちらも本なのに、上の文には -n があり、下の文にはありません。違いは「目的語かどうか」だけでなく、目的語をどんな形で組み立てているかにあります。

【1.multajn librojn:名詞と形容詞に -n が付く】

Mi legis multajn librojn.
私は多くの本を読みました。

この文の目的語は multajn librojn 全体です。中心になる名詞は librojn「本を」で、multajn「多くの」がそれを説明しています。

・libro → libroj → librojn:本 → 複数の本 → 目的語としての本
・multa → multaj → multajn:名詞に合わせて複数・目的語の形にする

本は複数なので -j、目的語なので -n が付きます。形容詞も、説明する名詞に数と格を合わせます。

対比のために、主語の例も見てみましょう。

Multaj libroj falis.
多くの本が落ちました。

こちらでは multaj libroj が主語です。複数の -j はありますが、目的語ではないので -n はありません。

【2.multe da libroj:量を中心にした目的語】

Mi legis multe da libroj.
私は多くの本を読みました。

この文でも、multe da libroj 全体が「何を読んだか」を表す目的語です。ただし、中の構造が違います。

・multe:どれほどの量か――たくさん
・da libroj:何がたくさんあるのか――本

文法上の中心は、量を表す multe です。da libroj は、その量が何から成るかを説明しています。

multe は副詞形ですが、ここでは名詞のように働き、目的語の中心になっています。それでも、目的語の -n を付けて multen にはしません。

また、libroj は da によって結び付けられた語です。libroj だけが legis の直接の目的語になるわけではないので、librojn にはしません。

○ Mi legis multe da libroj.
× Mi legis multe da librojn.

「読んだのは本なのだから、本に -n が必要」と、意味だけから直接語尾を付けないことが大切です。読んだ対象と、それを表す句の文法上の中心を分けて考えます。

これは、量を表す multe などに見られる使い方です。「どんな副詞でも目的語になる」という規則ではありません。また、hejmen「家へ」の -n は方向を示す別の用法で、ここでの目的語の -n とは区別します。

【3.da の前が名詞なら、そこには -n が付く】

Mi aĉetis kilogramon da pomoj.
私はリンゴを1キログラム買いました。

ここでは kilogramon da pomoj 全体が目的語で、文法上の中心は kilogramon です。

・kilogramon:量を表す名詞。目的語なので -n が付く。
・da pomoj:何を1キログラム買ったかを説明する。pomoj に -n は付かない。

2キログラムなら、次のようになります。

Mi aĉetis du kilogramojn da pomoj.
私はリンゴを2キログラム買いました。

kilogramojn は複数かつ目的語なので -jn です。da を使ったからといって、前後すべての -n が不要になるわけではありません。

multe と同じ語根でも、名詞形 multo を選べば、目的語には -n が付きます。

Mi legis multon da libroj.
私は多くの本を読みました。

この multon は「多量・多数」を表す名詞の目的語形です。multe da libroj と近い意味で使えますが、普通は副詞形の multe を使うことが多い表現です。

ここまでの形を並べると、違いが見えます。

・multajn librojn:形容詞+名詞。両方に -jn。
・multe da libroj:数量副詞+da。目的語の -n は付かない。
・multon da libroj:数量名詞+da。multon に -n。
・du kilogramojn da pomoj:数量名詞+da。kilogramojn に -jn。

【4.形容詞を足すときも、何を説明するかを見る】

Mi legis multajn interesajn librojn.
私は多くの面白い本を読みました。

interesajn は、目的語の librojn を説明しています。multajn と同じように -jn になります。

Mi legis multe da interesaj libroj.
私は多くの面白い本を読みました。

こちらの interesaj は、da の後の libroj を説明しています。そのため複数の -j は付けますが、目的語の -n は付けません。

multe da 全体を一つの「多くの」という飾りだと考えるよりも、multe と da interesaj libroj に分けると、なぜ interesajn ではないかが分かります。

また、二つの構文を混ぜないようにします。

○ multajn interesajn librojn
○ multe da interesaj libroj
× multajn da interesaj libroj

multajn のような形容詞は、名詞を直接説明します。この形では da を挟みません。

【5.「数えられる物かどうか」で分けるのではない】

本は一冊、二冊と数えられますが、multe da libroj と言えます。逆に、お金をまとまった量として述べるときも、形容詞形を使えます。

Ŝi ŝparis multan monon.
彼女は多くのお金を貯めました。

Ŝi ŝparis multe da mono.
彼女は多くのお金を貯めました。

前の文の mono は単数なので、目的語の形は multan monon です。英語の可算・不可算の区別を、そのまま multaj と multe da の選び分けにしないでください。

multe da は、全体をひとまとまりの量として捉える言い方です。multaj は、一つ一つのものを意識する場合にも、全体の多さを述べる場合にも使えます。冒頭の読書の例では、どちらも「多くの本を読んだ」という同じ状況を表せます。

一方、次の文は少し違います。

Mi multe legis.
私はたくさん読書をしました。

こちらの multe は、読む活動の量や時間などを述べています。この文だけでは、多くの本を読んだとは限りません。一冊の長い本を、長時間読んだ場合もあります。

multe という語があればいつでも同じ働きになるわけではなく、da 以下も含めた文の形を確かめます。

【6.kiom da でも、da の後には -n を付けない】

Kiom da libroj vi legis?
あなたは本を何冊読みましたか。

kiom は量・数を尋ねる語で、ここでも kiom da libroj 全体が目的語です。kiom は変化せず、da の後の libroj にも -n を付けません。

× Kiom da librojn vi legis?

答えるとき、本の話だと明らかなら、次のように名詞を省けます。

Mi legis multajn.
私は多くの本を読みました。

この multajn には、省略された librojn に対応する -jn が残っています。

また、「水をどのくらい欲しいか」という話なら、Mi volas iom.「少し欲しいです」のように、数量の語だけでも答えられます。後ろの名詞を省いたまま、Mi volas iom da. と da だけを残す形は避けます。

【読むとき・書くときの確認】

・まず、「何を」に当たる表現全体を見つける。
・その中心が名詞か、multe や kiom のような数量の語かを確かめる。
・da の後の名詞に、目的語だからという理由で -n を付けない。
・da の前が数量名詞なら、目的語の -n を忘れない。
・形容詞は、どの名詞を説明しているかに合わせる。

【確認問題】

① 「多くの本を読みました」と言うとき、正しいものをすべて選んでください。
A. Mi legis multajn librojn.
B. Mi legis multe da libroj.
C. Mi legis multe da librojn.

② 「新鮮なリンゴを2キログラム買いました」の空欄に語尾を入れてください。
Mi aĉetis du kilogram__ da freŝ__ pom__.

③ Mi multe legis. と言えば、必ず何冊もの本を読んだことになりますか。

④ Kiom da libroj vi legis? の libroj に、目的語の -n を足す必要はありますか。

【答え】

① A と B です。
A は形容詞+名詞の目的語、B は数量副詞を中心にした目的語です。C の da librojn は正しくありません。

② kilogramojn/freŝaj/pomoj
Mi aĉetis du kilogramojn da freŝaj pomoj.
中心の数量名詞には -jn、da の後の名詞とそれを説明する形容詞には -j だけを付けます。

③ なりません。
読書の量・時間などが多かったことを述べています。一冊を長く読んだ場合もあり得ます。

④ 必要ありません。
kiom da libroj 全体が目的語でも、da の後の libroj に -n は付けません。

【参照】
PMEG:da の基本規則と -n
PMEG:数量を表す副詞の働き
PMEG:数量を表す形容詞
lernu! 文法:da

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:同じ「ため」でも違う――pro と por
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同じ「ため」でも違う――pro と por
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Mi restis hejme pro la pluvo.
雨のため、私は家にいました。

Mi restis hejme por ripozi.
休むために、私は家にいました。

日本語では、どちらも「ため」と訳せます。でも、雨は家にいた理由であり、休むことは家にいることで実現したい目的です。pro と por は、日本語の一語だけでなく、文の中の関係を見て選びます。

【1.pro は原因・理由、por は目指す目的】

最初の文を、「何が理由で家にいたのか」と読み直してみましょう。

pro la pluvo
雨が降っていたことが理由で

雨を降らせることを目指して、家にいたわけではありません。雨という事情を受けて、家にいたのです。

一方、二つ目の文では「家にいて、何をしようとしたのか」を考えます。

por ripozi
休むことを目的として

この文は休むつもりだったことを示しますが、実際に十分休めたかどうかまでは分かりません。目的と、達成された結果は別です。

二つを一つの文に入れることもできます。

Pro laceco, mi restis hejme por ripozi.
疲れていたので、休むために家にいました。

laceco「疲労」が理由、ripozi「休むこと」が目的です。

【2.pro は「悪い原因」や「過去」に限らない】

Ŝi ridetis pro la bona novaĵo.
そのよい知らせに、彼女はほほえみました。

pro は、うれしいことが原因の場合にも使えます。「〜のせいで」とだけ覚えると、よい出来事に使えなくなってしまいます。

また、「pro は過去、por は未来」という時の区別でもありません。

Pro la morgaŭa ekzameno, mi studas hodiaŭ.
明日の試験があるので、私は今日勉強しています。

試験は明日ですが、その予定が今勉強する理由になっています。時系列だけでなく、何を理由として述べているかを読み取ります。

【3.pro vi と por vi――同じ人でも役割が変わる】

Mi faris tion pro vi.
あなたが理由で、私はそれをしました。

Mi faris tion por vi.
あなたのためを思って、私はそれをしました。

pro vi は「あなたの存在・言葉・事情などが、行動の理由だった」と述べます。por vi は「あなたの役に立つように、あなたのためになるように」と、行動が向かう相手を示します。

pro vi が非難になるか、感謝や好意になるかは文脈次第です。por vi も、相手に実際に喜ばれたとまでは述べていません。

ただし、原因・動機と目的の境界がいつも明確とは限りません。「その人の幸せを願う気持ちが動機だった」と捉えれば、pro でも「その人のためを思って」に近い意味になります。目的を動機として示す用法もあります。

両方が使える場面もありますが、これから目指す目的や、誰のためにするのかを明確に書くときは、por を選ぶと分かりやすくなります。

【4.por は「誰向け」「何用」にも使う】

Mi aĉetis ĉi tiun libron por Ana.
私はアナのために、この本を買いました。

アナに読んでもらうなど、アナのために買ったことを示します。この一文だけでは、もうアナに渡したかどうかは分かりません。

Ĉi tiu libro estas por komencantoj.
この本は初心者向けです。

Ĉi tiu akvo estas por trinki.
この水は飲むためのものです。

por の後には、人を表す名詞も、trinki のような不定詞も置けます。「誰が使うものか」「何に使うものか」という用途も表せます。

por には、このほか「〜にとって」という判断の立場や、支払いの対象などを示す用法もあります。どの文でも無理に「〜することを目的として」と訳す必要はありません。

【5.por + 不定詞と、por ke + 文】

目的を行為として述べるには、por の後に不定詞を置けます。

Mi fermis la pordon por dormi trankvile.
静かに眠るために、私はドアを閉めました。

この文では、ドアを閉めたのも、眠ろうとしているのも私です。

別の人がすることを目的として示すなら、por ke の後に主語を置くと明確です。

Mi fermis la pordon por ke la infano povu dormi.
子どもが眠れるように、私はドアを閉めました。

閉めたのは mi、眠れるようにしたい相手は la infano です。目的として「そうなってほしい」と述べるこの節では、povu のような -u の形を使います。主節が過去形 fermis でも、目的を表す -u を過去形にそろえる必要はありません。

なお、por + 不定詞の動作主が、どんな文でも必ず主節の主語になるわけではありません。動詞の種類や文の組み立てによって変わるため、誰の行為か曖昧になりそうなら、por ke で主語を明示すると読みやすくなります。

原因を文で述べる場合は、pro tio, ke ... や ĉar ... を使えます。

Mi fermis la pordon pro tio, ke estis brue en la koridoro.
廊下が騒がしかったので、私はドアを閉めました。

これはドアを閉めた理由です。子どもを眠らせるという目的の por ke とは、つながり方が違います。

por dormi の por を機械的に pro に替えるのではなく、「〜なので」と言いたいときは、ĉar や pro tio, ke を使って理由を文にすると明確です。

【6.Dankon pro と Dankon por は両方使える】

Dankon pro via konsilo.
助言をありがとうございます。

Dankon por via konsilo.
助言をありがとうございます。

pro は、その助言を感謝する理由として示します。por は、受けた助言へのお礼という関係を示します。どちらも正しい表現です。

por を「まだ実現していない目的」とだけ覚えて、すでに受けた助言への Dankon por を誤りだと判断しないようにしましょう。

【読むとき・書くときの確認】

・「何が理由でそうなったか」なら、まず pro を考える。
・「何を実現したいか」「誰のためにするか」なら、まず por を考える。
・pro を悪い原因だけに、por を未来の出来事だけに限定しない。
・目的を文で書くときは、por ke の節の主語と -u の形を確かめる。
・感謝など、pro と por の両方が自然に使える表現もある。

【確認問題】

① 雨が降っていたことを理由に、家にいたと述べたい場合、pro と por のどちらでしょうか。
Mi restis hejme ____ la pluvo.

② 休むことを目的に、家にいたと述べたい場合はどうでしょうか。
Mi restis hejme ____ ripozi.

③ Mi fermis la pordon por ke la infano povu dormi. では、ドアを閉めたのと、眠れるようにしたい相手は、それぞれ誰でしょうか。

④ すでにもらった助言への Dankon por via konsilo. は誤りでしょうか。

【答え】

① pro
雨が、家にいた理由だからです。

② por
休むことが、目指す行為だからです。

③ 閉めたのは私、眠れるようにしたい相手は子どもです。
por ke の後に la infano と主語が示されています。

④ 誤りではありません。
Dankon pro via konsilo. も Dankon por via konsilo. も使えます。

【関連記事】
「来る」のは誰?――不定詞の動作主
ke の後で -u を使うのはなぜ?

【参照】
PMEG:pro(原因・動機)
PMEG:por(目的・用途・感謝など)
PMEG:前置詞と不定詞
PMEG:ke の節の動詞の形

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

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「もし」なら、いつも -us?――se と仮定法
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Se vi venos morgaŭ, mi ĝojos.
あなたが明日来るなら、私はうれしいです。

Se vi venus morgaŭ, mi ĝojus.
仮にあなたが明日来てくれたら、私はうれしいのですが。

どちらも「もし来るなら」という条件を含みます。それでも、一方は venos/ĝojos、もう一方は venus/ĝojus です。se があるかどうかだけでなく、その内容をどのように捉えて述べるかが違います。

【1.se は条件を導く語、-us は想像として述べる形】

se は「〜という条件なら」「〜だとすれば」に当たる語です。se に続く節の動詞を、いつも -us にする規則はありません。

Se Ana estas ĉi tie, ŝi povas helpi nin.
アナがここにいるなら、彼女は私たちを手伝えます。

ここにいるかは確認できていませんが、実際にいる可能性があります。「もし本当にいるなら」と、その場合の話をしています。条件の中でも、現在の状態には estas を使えます。

estas のような -as、過去の -is、未来の -os は「直説法」です。ただし、se の中で使ったからといって、その条件が事実だと断言しているわけではありません。

この文は「アナはここにいます」という報告ではなく、「ここにいるなら」という条件付きの話です。

【2.現実と違う状況を思い描くなら -us】

例えば、アナが今は別の町にいて、ここにはいないと分かっているとします。その状況で、こう言えます。

Se Ana estus ĉi tie, ŝi povus helpi nin.
もしアナがここにいたら、私たちを手伝えるのに。

今ここにはいないアナが、ここにいる場面を想像しています。その想像上の状態を estus、そこから考えられる手伝いを povus で述べています。

-us は「仮定法」と呼ばれます。PMEGでは「想像の法」という趣旨の名称で説明されています。現実とは異なる状況や、想像の中に置いた行為を述べる形、と考えると分かりやすくなります。

「アナがいるかもしれないので、いる場合を考える」のか、「ここにはいないが、いたとしたらと想像する」のかを比べてみましょう。

【3.未来の条件には -os も使う】

Se vi venos morgaŭ, mi ĝojos.
あなたが明日来るなら、私はうれしいです。

明日来ることを、現実に起こり得る条件として述べています。来るのも、それを喜ぶのも未来なので、venos/ĝojos を使っています。

エスペラントでは、このような未来の条件を se の後で -os にできます。英語の if 節で学ぶことのある「未来の話でも現在形」という扱いを、そのまま持ち込む必要はありません。

Se vi venus morgaŭ, mi ĝojus.
仮にあなたが明日来てくれたら、私はうれしいのですが。

こちらは、明日来てくれる場面と、その場合の自分の喜びを、想像として描いています。文脈によっては、控えめな希望のようにも響きます。

未来にはまだ確定していないことが多いため、-os と -us のどちらでも表せる場面があります。話し手がその内容をどう捉えて述べるかに違いが出ます。

したがって、「-os なら必ず来る」「-us なら絶対に来ない」とは決まりません。また、「可能性が何%以下なら -us」という境界もありません。不確かだから、という理由だけで -us を選ぶのではありません。

【4.-us 自体には現在・過去・未来の区別がない】

Se mi havus tempon nun, mi helpus vin.
今、時間があれば、あなたを手伝うのに。

Se mi havus tempon morgaŭ, mi helpus vin.
明日、時間があれば、あなたを手伝うのですが。

どちらも havus/helpus です。現在の話か未来の話かは、nun「今」、morgaŭ「明日」や文脈で分かります。

昨日は忙しくて手伝えなかった、という話なら、次のようにも言えます。

Se mi havus tempon hieraŭ, mi helpus vin tiam.
昨日、時間があったなら、そのときあなたを手伝ったのに。

過去についての想像にも、単純な -us を使えます。ここでは hieraŭ「昨日」と tiam「そのとき」が、想像している時を示しています。

過去の完了を明示したいときには、estus helpinta「手伝っていたであろう」のような、estus と完了分詞を組み合わせた形も使えます。ただし、過去の仮定だから必ず複合形にしなければならないわけではありません。

「日本語で『〜だったら』と訳せるから過去」「-us は過去の仮定を表す語尾」とは覚えないようにしましょう。

【5.過去の事実が不明なだけなら、se の後でも -is】

Se Ana jam venis, ni povas komenci.
アナがすでに来たのなら、私たちは始められます。

到着済みかどうかは分かりませんが、実際に来た可能性を条件にしています。到着は現在より前のことなので venis です。

「まだ確認できていない過去の出来事」と「実際とは違う過去を思い描くこと」を区別しましょう。どちらにも日本語で「もし」を付けられますが、同じ形にする必要はありません。

また、se の条件に対する主節は、指示になることもあります。

Se vi estas laca, ripozu.
疲れているなら、休んでください。

条件は estas、指示は ripozu です。二つの節の語尾を、形だけ見て機械的にそろえるわけではありません。

【6.se がなくても -us を使える】

Ĉu vi povus helpi min?
手伝っていただけますか。

-us は、依頼や願いを控えめに述べるときにも使います。この文には se がありませんが、自然な表現です。実際には手伝えないはずだ、と決めつけているわけでもありません。

se が -us を必須にしないのと同じように、-us を使うために必ず se を書く必要もありません。

【読むとき・書くときの確認】

・se の節が、何を条件にしているかを確かめる。
・事実かもしれない内容を条件として置くのか、想像上の内容として描くのかを考える。
・直説法なら -as/-is/-os で時を選ぶ。未来の条件には -os も使える。
・-us 自体に時制や確率の数値を読み込まない。
・主節が予想・想像・指示のどれなのかも、別に確かめる。

【確認問題】

① アナがもう到着した可能性はありますが、まだ確認できていません。「すでに来たのなら始められる」と言うとき、空欄に venis と venus のどちらを入れるでしょうか。

Se Ana jam ____, ni povas komenci.

② アナは今ここにいません。「ここにいたら、手伝えるのに」と想像するとき、空欄は estas と estus のどちらでしょうか。

Se Ana ____ ĉi tie, ŝi povus helpi nin.

③ Se vi venos morgaŭ, mi ĝojos. の venos は、se の後だから誤りでしょうか。

【答え】

① venis
起きたかもしれない過去の出来事を、条件として置いています。未確認であることだけでは -us にしません。

② estus
今はいないアナが、ここにいるという場面を想像しています。

③ 誤りではありません。
未来に来ることを条件として述べるので、se の後でも venos を使えます。

【関連記事】
ke の後で -u を使うのはなぜ?
ke も se も、それだけで後の動詞の形を決めるわけではありません。どんな内容として述べているかを読む、という点で共通しています。

【参照】
PMEG:se の節
PMEG:仮定法・US語尾
lernu! 文法:動詞(仮定法)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:食べながら?食べ終えて?――-ante と -inte
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食べながら?食べ終えて?――-ante と -inte
文法Cai
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Manĝante, mi legis.
私は食べながら読みました。

Manĝinte, mi legis.
私は食べ終えてから読みました。

どちらも「食べる」と「読む」の二つの動作があります。違うのは、その時間関係です。-ante は動作の重なりを、-inte は先に終えた動作を表します。まず「誰がするか」、次に「いつするか」を確かめてみましょう。

【1.-ante:もう一つの動作と重なっている】

Manĝante, mi legis.
私は食べながら読みました。

読む動作をしたのは mi「私」です。manĝante が付け加える、食べる動作をしたのも同じ私です。

時間関係をはっきり書くなら、次のように言えます。

Dum mi manĝis, mi legis.
私が食べている間に、私は読みました。

食事の時間と読書の時間が重なっています。ただし、食べ始めるのと同時に読み始め、食べ終わるのと同時に読み終えた、とまでは言っていません。

接尾辞 -ant- は進行・継続などを表し、ここでは語尾 -e を付けて、主節の動作に別の動作を添えています。manĝanta homo「食べている人」のように名詞を直接説明する -a の形とは、文中での役割が違います。

【2.-inte:もう一つの動作より前に終えている】

Manĝinte, mi legis.
私は食べ終えてから読みました。

この文では、食べる動作を先に終え、その後で読む動作をしています。次のように言い換えられます。

Post kiam mi finis manĝi, mi legis.
食べ終えた後で、私は読みました。

「食べ始めてから、その途中で読んだ」という意味ではありません。-int- が表すのは、ここでは食事の完了です。

また、-inte だけでは「直後」とも決まりません。食事が終わってから読書まで、少し時間が空いていても構いません。大切なのは、この読書より前に食事を終えていることです。

【3.-ante は現在、-inte は過去、ではない】

Manĝante, mi legis.
私は食べながら読みました。

legis が過去なので、読むのも、それと重なる食事も過去の話です。manĝante を使っているから「今食べている」のではありません。

Manĝante, mi legos.
私は食べながら読むつもりです。

こちらでは legos が未来です。その未来の読書と食事が重なります。

Manĝinte, mi legos.
私は食べ終えてから読むつもりです。

読むのは未来で、その読書より前に食事を終えるという関係です。これから食事をして、その後で読む予定についても使えます。

ただし、この文だけでは、発言した今の時点で食事がすでに済んでいるか、まだこれからなのかは決まりません。-inte が示すのは「今より前」とは限らず、「主節で述べる動作より前の完了」だからです。

・主節の動詞:読むのは現在・過去・未来のいつか。
・-ante/-inte:食べることと読むことが重なるのか、食べ終えてから読むのか。

この二つを分けると、前の記事の -ata/-ita と同じように、分詞を時制だけで判断しなくなります。

【4.語順を変えても、時間関係は逆にならない】

Manĝinte, mi legis.
Mi legis manĝinte.

どちらも、食べ終えた後で読んだという基本の関係は同じです。manĝinte を後ろに置いたからといって、読書の後に食事をしたことにはなりません。

同じように、Manĝante, mi legis. と Mi legis manĝante. は、どちらも食事と読書が重なる形です。

文字として先に書かれた動作が、必ず時間的にも先とは限りません。動作の順番は、分詞の形や文全体から読み取ります。

【5.「食べたのは誰か」を主節の主語で確かめる】

ここで扱っている、主節の動作に付け足す分詞表現では、分詞の動作主は主節の主語と同じです。

Manĝinte, ŝi telefonis al mi.
彼女は食べ終えてから、私に電話しました。

telefonis の主語は ŝi「彼女」です。したがって、食事を終えたのも彼女です。al mi「私に」があっても、食べた人が私になるわけではありません。

「私が食べ終えた後で、電話が鳴った」と言いたい場合、次の形は意図に合いません。

× Manĝinte, la telefono sonoris.

主節の主語が la telefono「電話」なので、食事を終えたのも電話、という組み立てになってしまいます。人が食べ、電話が鳴るという話なら、二つの主語を明示します。

Post kiam mi finis manĝi, la telefono sonoris.
私が食べ終えた後で、電話が鳴りました。

食べたのは mi、鳴ったのは la telefono です。「誰がするか」が異なるときは、無理に -ante/-inte でまとめず、dum や post kiam などを使うと分かりやすくなります。

【読むとき・書くときの確認】

・主節の動詞と、その主語を見つける。
・分詞の動作をするのも、その主語でよいか確かめる。
・-ante なら動作の重なり、-inte なら主節の動作より前の完了を読む。
・-inte を「今より前」や「直後」と決めつけない。
・迷ったら、dum や post kiam を使い、主語のある節に言い換える。

【確認問題】

① 「本を読みながら、私はメモを取りました」の空欄は Legante と Leginte のどちらでしょうか。

____ la libron, mi faris notojn.

② 「本を読み終えてから、私はそれを図書館へ返すつもりです」の空欄はどちらでしょうか。

____ la libron, mi redonos ĝin al la biblioteko.

③ Leginte la leteron, Ana telefonis al Petro.
「手紙を読み終えてから、アナはペトロに電話しました。」
手紙を読んだのはアナでしょうか、ペトロでしょうか。

【答え】

① Legante
読む時間とメモを取る時間が重なっています。faris が過去形でも、同時に進む読書には Legante を使います。

② Leginte
返却より前に、その本を読み終えるという関係です。redonos が未来形でも Leginte を使えます。

③ アナです。
主節の telefonis の主語が Ana なので、読んだ人もアナです。al Petro は電話をかけた相手を示します。

【関連記事】
走っているのは誰?――kuri と kurante
こちらでは、不定詞と分詞で動作主がどう変わるかを扱っています。今回の「同じ主語で、時間関係がどう違うか」と併せて読むと整理しやすくなります。

【参照】
PMEG:副詞としての分詞
PMEG:分詞の形と時間的な意味
lernu! 文法:分詞(分詞副詞)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:建設中?建設が完了?――-ata と -ita
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建設中?建設が完了?――-ata と -ita
文法Cai
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La domo estas konstruata.
その家は建設中です。

La domo estas konstruita.
その家は建設が完了しています。

日本語では、どちらも「家が建てられている」と言えてしまいます。しかし、工事が続いているのか、もう出来上がっているのかは大きな違いです。エスペラントでは、この違いを konstruata と konstruita で表せます。

【1.-ata は行為の途中、-ita は完了・結果に注目する】

konstrui は「建てる」です。konstruata は建てる行為が進んでいる対象を、konstruita はその行為が完了した対象を説明します。

La domo estas konstruata.
その家は建設中です。

今は工事の途中です。この文は、家の完成を述べていません。ただし、後で完成しないという意味でもありません。

La domo estas konstruita.
その家は建設が完了しています。

こちらは、建設が終わり、家が出来上がっている状態を述べています。完成したのが昨日か、何年も前かは、この文だけでは分かりません。

ここでの -ata/-ita は「受動分詞」です。家が建てるのではなく、家が建てられる側です。家を主語にした受動態なので la domo に目的語の -n は付きません。

接尾辞は -at-/-it-、最後の -a は形容詞の語尾です。名詞の前に置いて konstruata domo「建設中の家」、konstruita domo「建設済みの家」とも言えます。複数の家なら La domoj estas konstruitaj. のように、分詞にも -j が付きます。

【2.estas/estis と -ata/-ita を別々に読む】

・estas/estis/estos:現在・過去・未来の、いつの話か。
・-ata/-ita:行為の進行・継続を見るのか、完了・結果を見るのか。

まずは、同じ家を別の時点から見てみましょう。

Nun la domo estas konstruata.
今、その家は建設中です。

Kiam mi vizitis la urbon, la domo estis ankoraŭ konstruata.
私がその町を訪れたとき、その家はまだ建設中でした。

現在の estas でも過去の estis でも、その時点で工事中なら konstruata です。過去の話だからといって、自動的に konstruita に変えるわけではありません。

Nun la domo estas jam konstruita.
今、その家はすでに完成しています。

Kiam mi vizitis la urbon, la domo estis jam konstruita.
私がその町を訪れたとき、その家はすでに完成していました。

今の完成済みの状態には estas、訪問した過去の時点での完成済みの状態には estis を使っています。どちらも、jam「すでに」で、工事が終わっていることを明確にしています。

この二つの軸を分けると、「-ata は現在、-ita は過去」という覚え方では足りない理由が分かります。

【3.-ita は、未来の話にも使える】

Kiam vi revenos en decembro, la domo estos jam konstruita.
あなたが12月に戻ってくるときには、その家はすでに完成しているでしょう。

未来の時点を表すのは estos です。その未来の時点では建設が終わっている、と述べるので konstruita を使います。今すでに完成していると言っているのではありません。

同じ未来でも、その時点でまだ工事中なら estos ankoraŭ konstruata と言えます。未来かどうかと、工事のどの段階かは別の情報です。

【4.-ata は「今まさに作業中」だけではない】

La ĉambro estas purigata ĉiutage.
その部屋は毎日掃除されています。

ĉiutage「毎日」があるので、掃除を繰り返している習慣の話です。この瞬間に掃除機が動いている、という意味ではありません。

一回ごとの掃除が終わっていても、「毎日繰り返す行為」として述べるなら purigata を使えます。-ata は、進行中の行為だけでなく、継続や反復にも使うからです。

La ĉambro estas jam purigita.
その部屋はすでに掃除が済んでいます。

こちらは、今問題にしている掃除の完了を述べています。「毎日掃除する」と「今回の掃除は済んでいる」は、同じ部屋について両方とも成り立ちます。

また、行為に明確な終点があるとは限りません。例えば amata は「愛されている」で、愛情が続いていることを表せます。どの動詞も、工事のような「作業中/完成済み」だけで考えないようにしましょう。

【5.estis -ita は「もっと前に済んでいた」とは限らない】

La ponto estis konstruita en 2020.
その橋は2020年に建設されました。

この文では、2020年の出来事として橋の建設を述べられます。estis konstruita を使っていても、「2020年より前に建設が済んでいた」と決まるわけではありません。

-ita は、行為が完了したことや、その結果を表します。文脈によって、「その時に完了した出来事」にも「その時にはすでに成立していた結果」にもなります。

Kiam mi vizitis la urbon en 2020, la ponto estis jam konstruita.
2020年にその町を訪れたとき、橋はすでに完成していました。

こちらでは、訪問時点で完成済みだったことを jam で明示しています。前後関係をはっきりさせたいときは、jam「すでに」、antaŭe「それより前に」、具体的な年月なども添えます。

「estis と -ita で過去が二重になるから、必ず『〜されていた』」と機械的に訳さず、その文が出来事を報告しているのか、ある時点の状態を描いているのかを確かめましょう。

【読むとき・書くときの確認】

・まず、何が行為を受ける対象なのかを見る。
・estas/estis/estos で、いつの話かを確かめる。
・-ata の進行・継続・反復と、-ita の完了・結果を区別する。
・jam、ankoraŭ、ĉiutage、年月などを手がかりにする。
・日本語の「〜されている」だけで判断せず、作業中なのか、済んでいるのかを言い直してみる。

【確認問題】

空欄に konstruata と konstruita のどちらを入れると、示した意味になるでしょうか。

① Kiam mi vizitis la urbon, la domo estis ankoraŭ ____.
私がその町を訪れたとき、その家はまだ建設中でした。

② Kiam vi revenos, la domo estos jam ____.
あなたが戻ってくるとき、その家はすでに完成しているでしょう。

③ La ponto estis konstruita en 2020. は、必ず「2020年より前に、橋の建設が済んでいた」という意味になりますか。

【答え】

① konstruata
過去の話なので estis ですが、その時点では建設途中なので konstruata です。

② konstruita
未来の話なので estos、その未来の時点では完成済みなので konstruita です。

③ なりません。
「橋は2020年に建設された」と、その年に完了した出来事を述べることができます。訪問などの別の時点より前に済んでいたと言いたいなら、文脈や jam などで明確にします。

【補足:前の記事の -iĝi との関係】

前の記事で比べた La pordo fermiĝis.「ドアが閉まった」と La pordo estis fermita de Ana.「ドアはアナによって閉められた」も、今回の話につながります。

fermiĝi は、ドアに起きた変化を述べる動詞です。一方、fermita は fermi「閉める」から作った受動分詞です。受動分詞は目的語を取れる動詞から作ります。fermiĝi からさらに fermiĝita を作って受動態にすることはしません。

【参照】
PMEG:形容詞としての分詞
PMEG:受動の複合動詞形(完了と時間関係)
PMEG:受動態の基本規則
lernu! 文法:分詞と受動態

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:-igi と -iĝi はどう違う?
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-igi と -iĝi はどう違う?
文法Cai
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Mi varmigis la supon.
私はスープを温めました。

La supo varmiĝis.
スープが温まりました。

どちらもスープが温かくなる話です。それでも、上の文は「誰が温めたか」、下の文は「何が温まったか」を主語にしています。-igi と -iĝi は、この役割の違いから見ると分かりやすくなります。

【1.-igi は「〜にする」、-iĝi は「〜になる」】

varma は「温かい」です。ここから、次の二つの動詞ができます。

・varmigi:温かくする、温める。
・varmiĝi:温かくなる、温まる。

Mi varmigis la supon.
私はスープを温めました。

温める働きをしたのは Mi「私」です。温まる対象の la supon「スープ」は目的語なので、-n が付きます。

La supo varmiĝis.
スープが温まりました。

こちらでは、温まった la supo 自体が主語です。そのため、la supo に目的語の -n を付けません。誰が、何が温めたかは、この文だけでは述べていません。

なお、接尾辞そのものは -ig- と -iĝ- で、最後の -i は動詞の不定形の語尾です。過去なら varmigis/varmiĝis、現在なら varmigas/varmiĝas のようになります。

【2.「温かい」と「温まる」も違う】

La supo estas varma.
スープは温かいです。

La supo varmiĝas.
スープが温まっています。

estas varma は温かいという状態を述べ、varmiĝas は温かくなっていく変化を述べます。「〜になる」をいつも「〜である」と同じように読まないことが大切です。

同じ組み立ては、例えば次にも見られます。

・longa → longigi/longiĝi:長い → 長くする/長くなる。
・ruĝa → ruĝigi/ruĝiĝi:赤い → 赤くする/赤くなる。

【3.-igi は「無理にさせる」、-iĝi は「自然に起こる」とは限らない】

La suno varmigis la ĉambron.
太陽が部屋を暖めました。

-igi の主語は、人でなくても構いません。また、人が主語の場合でも、相手に無理やり何かをさせる意味が必ずあるわけではありません。「その結果を起こす」と考えましょう。

La pordo fermiĝis pro la vento.
風のためにドアが閉まりました。

-iĝi を使っていても、この文には pro la vento「風のために」という原因があります。「原因がない」「誰も関わっていない」という意味ではありません。ドアが閉まったことを、ドアを主語にして述べています。

【4.動作を表す語にも付く:sidi/sidigi/sidiĝi】

La infano sidas.
子供は座っています。

La infano sidiĝis.
子供は腰を下ろしました。

Mi sidigis la infanon.
私は子供を座らせました。

sidi は、座った状態にあることです。sidiĝi は、その状態に入ること、つまり「腰を下ろす」を表します。sidigi は、誰かをその状態にする「座らせる」です。

sidiĝi で腰を下ろすのは、主語の la infano。sidigi で座るようにするのは、主語の Mi で、座る子供は目的語の la infanon です。

子供が自分の意志で腰を下ろす場合にも sidiĝi を使えます。-iĝi が付くから「無意識の動作」になるわけではありません。

ただし、どの -iĝi も「〜し始める」になるわけではありません。sidiĝi ではそのような移行を表しますが、元の語の意味も一緒に確かめます。

【5.fermi は、接尾辞なしでも「閉める」】

Mi fermis la pordon.
私はドアを閉めました。

La pordo fermiĝis.
ドアが閉まりました。

fermi は、それ自体で目的語を取る他動詞です。「閉める」と言うために -igi を足す必要はありません。fermiĝi にすると、元の文で目的語だったドアを主語にして、「ドアが閉まる」と述べられます。

fermigi は、さらに「閉めさせる・閉めるようにする」という意味です。例えば、人に閉めてもらう関係をはっきり書くなら、次のように言えます。

Mi igis Petron fermi la pordon.
私はペトロにドアを閉めさせました。

この igi は独立した動詞です。働き掛けるのは Mi、実際に fermi の動作をするのは Petron です。

「接尾辞がなければ自動詞」「他動詞にするには必ず -igi」と覚えると、fermi のような語を取り違えます。元の動詞がどんな意味で、目的語を取るかを確かめましょう。

【6.-iĝi と受動態を同じものにしない】

La pordo fermiĝis.
ドアが閉まりました。

La pordo estis fermita de Ana.
ドアはアナによって閉められました。

前者はドアに起きたことを述べています。後者は受動態で、ここでは閉めた人も de Ana「アナによって」で示しています。

-iĝi の文と受動態の文が同じ出来事を表すことはあります。しかし、-iĝi を機械的に「〜される」と訳したり、受動態の代わりにいつでも使えると考えたりはしないでください。前者でも誰かがドアを閉めた可能性はありますが、それを中心にした言い方ではありません。

【読むとき・書くときの確認】

・元の語の意味を確かめる。varma は性質、sidi は座った状態、fermi は閉める動作。
・-igi では、何が働き掛け、何をそうするのかを見る。
・-iĝi では、主語自身に何が起こるのかを見る。
・-iĝi で作った動詞は直接目的語を取らない。変化するものに、目的語のつもりで -n を付けない。
・原因や意志の有無は、接尾辞だけで決めず、文全体から読む。

【確認問題】

空欄に varmigis と varmiĝis のどちらを入れると、示した意味になるでしょうか。

① La suno ____ la ĉambron.
太陽が部屋を暖めました。

② La ĉambro ____.
部屋が暖まりました。

③「私はドアを閉めました」と普通に言いたいとき、Mi fermis la pordon. の fermis に、-ig- を足す必要はありますか。

【答え】

① varmigis
太陽が働き掛け、目的語の la ĉambron が暖まります。

② varmiĝis
暖まる部屋そのものが主語です。目的語はありません。

③ 必要ありません。
fermi 自体が「閉める」です。fermigi にすると、「閉めさせる」という意味が加わります。

【参照】
PMEG:接尾辞 IG
PMEG:接尾辞 IĜ
PMEG:IG 動詞と文の役割
PMEG:IĜ 動詞と文の役割
lernu! 文法:接尾辞(IG・IĜ)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:ke の後で -u を使うのはなぜ?
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ke の後で -u を使うのはなぜ?
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Mi diris, ke Petro venu.
私は、ペトロが来るようにと言いました。

Mi diris, ke Petro venos.
私は、ペトロが来るだろうと言いました。

どちらも「私は言った」という文です。それでも、ke の後の形を変えると、伝えた内容が変わります。手がかりは、「来ることを求めた」のか、「来ると述べた」のかです。

【1.-u:実現してほしい内容として述べる】
Mi diris, ke Petro venu.
私は、ペトロが来るようにと言いました。

この文で伝えた内容は、独立した形にすると Petro venu!「ペトロが来るように!」という指示・要求です。ke の中に入っても、その性質が残るため venu を使います。

-u は「意志法」と呼ばれます。命令だけでなく、願い、依頼、提案、必要とされることなどにも使います。

Mi volas, ke vi venu.
私は、あなたに来てほしいです。

ここでは Mi が「望む」人、vi が「来る」人です。ke の節は、私が実現してほしい内容を表します。venu を使っても、相手に強く命令しているとは限りません。

Estas necese, ke ni foriru nun.
私たちは今、出発する必要があります。

この foriru も、出発が必要だと述べる形です。「これから出発するだろう」という予測とは働きが異なります。

【2.-os:これから起こることとして述べる】
Mi diris, ke Petro venos.
私は、ペトロが来るだろうと言いました。

伝えた内容は Petro venos.「ペトロが来るだろう」です。来るよう要求するのではなく、これから来るという話を伝えています。

Mi pensas, ke vi venos.
私は、あなたが来るだろうと思います。

こちらは私の見込み・判断です。Mi volas, ke vi venu.「あなたに来てほしい」と比べると、同じ「来る」でも、どういう内容として述べているかが違います。

-os は未来を表しますが、必ず実現するという保証ではありません。
Eble Petro venos morgaŭ.
ペトロは明日来るかもしれません。

このように不確かでも -os を使えます。「確実なら -os、不確かなら -u」という区別ではありません。

【3.ke があるから -u、とは決まらない】
ke は、「何を言った・望んだ・考えたか」などの内容を表す節を導きます。その節の動詞をいつも -u にする語ではありません。

冒頭では、主節はどちらも Mi diris でした。それでも、指示・要求を伝えるなら venu、これから来るという話を伝えるなら venos です。diri という動詞名だけでも決まりません。

読み分けるときは、次の二つを確かめます。
・どんな内容を実現してほしい、実現すべきだと述べているか。
・どんな出来事が起こる、起こったと述べているか。

ke の後では、現在の内容なら -as、過去の内容なら -is を使う場合もあります。今回は、その中から -u と未来の -os を比べています。

【4.-u に時制はなく、過去の文でも -u のまま】
-u 自体は、現在・過去・未来の区別を表しません。これからしてほしい行為を述べることは多いですが、「未来のことだから -u」なのではありません。

Mi volas, ke vi estu trankvila nun.
私は、あなたに今、落ち着いていてほしいです。

ここでは nun「今」の状態を望んでいます。-u は、その状態を望ましいものとして述べる形です。

Hieraŭ mi petis, ke vi venu hodiaŭ.
昨日、私はあなたに、今日来るよう頼みました。

頼んだのは昨日なので petis ですが、頼んだ内容は「来るように」なので venu のままです。この文だけでは、あなたが実際に今日来たかどうかまでは分かりません。

過去の発言を伝える場合、-os も、その発言の時点から見た未来を表せます。
Lunde Ana diris, ke ŝi venos marde.
月曜日にアナは、火曜日に来ると言いました。

月曜日の発言は Mi venos marde.「私は火曜日に来ます」です。その内容を水曜日に伝える場合でも、venos のままで構いません。今から見て火曜日が過ぎていても、発言した月曜日から見れば未来だからです。diris に合わせて機械的に venis や、仮定法の venus へ変えません。

【5.「希望」や「約束」でも、-os を使う】
Mi esperas, ke vi venos.
私は、あなたが来てくれることを期待しています。

esperi は、望ましいことが実際に起こると期待する意味で、通常はこのように -os などの直説法を使います。日本語で「希望する」と訳せるからといって、すべて -u にするわけではありません。

意志の含みを加えて Mi esperas, ke vi venu. とする使い方もあります。そのため、「esperi の後の -u はいつも誤り」とも覚えないでください。まずは、実現を期待する基本の形として ke vi venos を押さえましょう。

Mi promesis, ke mi venos.
私は、自分が来ると約束しました。

約束する意志はありますが、約束の内容は「私は来る」という未来の行動です。そのため venos を使います。以前の「不定詞の動作主」の記事で扱った promesi にもつながります。

【読むとき・書くときの確認】
・ke の節で、何を内容として述べているかを確かめる。
・実現を求める内容なのか、出来事についての見込み・報告なのかを分ける。
・-u を未来形や、不確かさの印だと考えない。
・過去の発言を伝えるなら、その発言時点からの時間関係を確かめる。
・迷うときは、元の発言や考えを独立した文にしてみる。ただし、主節との結び付きも一緒に見る。

【確認問題】
空欄に fermu と fermos のどちらを入れると、示した意味になるでしょうか。

① Mi petas, ke vi ____ la fenestron.
私は、あなたに窓を閉めるようお願いします。

② Mi pensas, ke vi ____ la fenestron.
私は、あなたが窓を閉めるだろうと思います。

【答え】
① fermu
窓を閉めることを、依頼の内容として述べています。

② fermos
あなたがこれから窓を閉めると予想しています。窓を閉めてほしいという依頼を、この文の形で表しているわけではありません。

【補足:-u でも、ke の節の主語を確かめる】
Venu! という直接の呼び掛けでは、vi を省くのが普通です。一方、Mi volas, ke vi venu. では、誰に来てほしいのかを vi で示します。この文の vi を落として、Mi volas, ke venu. とはしません。

自分が来たいなら、普通は Mi volas veni. と簡潔に言えます。誰がその動作をするのかと、どの形でその内容を述べるのかを、分けて確認しましょう。

関連記事:「来る」のは誰?――不定詞の動作主

【参照】
PMEG:意志法(-u)
PMEG:ke 節の動詞形
PMEG:間接話法の動詞形
lernu! 文法:動詞(未来形・意志法)
文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:ne ĉiuj と neniu はどう違う?
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ne ĉiuj と neniu はどう違う?
文法Cai
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Ne ĉiuj lernantoj venis.
生徒全員が来たわけではありません。

Neniu lernanto venis.
生徒は誰も来ませんでした。

どちらも否定を含みますが、「全員と言えるか」を否定するのか、「来た生徒が一人でもいるか」を否定するのかが違います。話題になっている5人の生徒を例に、読み分けてみましょう。

【1.ne ĉiuj:「全員」というところを否定する】
Ne ĉiuj lernantoj venis.
生徒全員が来たわけではありません。

例えば、5人のうち3人が来て、2人は来なかった場面で使えます。「来た」と言える範囲が、全員には届いていません。

・ĉiuj lernantoj:生徒全員
・ne ĉiuj lernantoj:生徒全員、というわけではない

通常は、来た生徒も来なかった生徒もいる場面で使います。ただし、この文だけでは、何人来たかは分かりません。3人とは限らず、4人が来た場合にも使えます。

一部が来たこともはっきり書くなら、次のように言えます。
Iuj lernantoj venis, sed ne ĉiuj.
何人かの生徒は来ましたが、全員ではありません。

【2.neniu:「一人もいない」と述べる】
Neniu lernanto venis.
生徒は誰も来ませんでした。

5人のうち、来た生徒が0人だった場合です。「全員までは来なかった」という程度にとどめず、来た生徒が一人もいないと述べています。

ここでは通常、単数形の neniu lernanto を使います。話題にしている生徒が複数いても、「一人として来た生徒はいない」と言えるためです。

誰の話か明らかなら、名詞を省けます。
Ne ĉiuj venis.
全員が来たわけではありません。
Neniu venis.
誰も来ませんでした。

この「全員」「誰も」の範囲は、文脈で決まります。5人の生徒について話しているなら、その5人が範囲です。Neniu lernanto venis. と言っても、先生まで来なかったとは述べていません。

【3.ne の置き場所を確かめる】
Ne ĉiuj lernantoj venis.
生徒全員が来たわけではありません。

ne を ĉiuj の前に置くことで、「全員」というところを否定します。これを、次の文と同じつもりで使わないようにしましょう。

Ĉiuj lernantoj ne venis.
生徒全員が、それぞれ来ませんでした。

この語順は、基本の読み方では「生徒は誰も来なかった」という意味になります。「全員ではない」を表したいなら Ne ĉiuj ... とし、「誰も来なかった」を明確に伝えたいなら Neniu ... とするのが分かりやすい書き方です。

日本語の「全員は来なかった」は、受け取り方が曖昧になることがあります。「全員が来たわけではない」か「誰も来なかった」かを先に確かめると、エスペラントの形を選びやすくなります。

【4.neniu があれば、否定の ne をさらに足さない】
Neniu lernanto venis.
生徒は誰も来ませんでした。

この文では、neniu 自体に否定の働きがあります。日本語の「誰も……ない」に引かれて、さらに ne を加える必要はありません。

Neniu lernanto ne venis.
来なかった生徒は、一人もいませんでした。

この二重否定は、話題の生徒が全員来た、という意味になります。「誰も来なかった」のつもりで使うと、伝わる内容が変わります。全員来たことを普通に伝えるなら、次の形が明快です。

Ĉiuj lernantoj venis.
生徒全員が来ました。

ここで比べているのは、同じ venis をめぐる neniu と ne の組み合わせです。長い文に否定語が二つあれば、いつでも機械的に打ち消し合うという意味ではありません。

【5.目的語になれば -n が付く】
Ne ĉiujn librojn mi legis.
私は、話題になっている全部の本を読んだわけではありません。

Mi legis neniun libron.
私は本を一冊も読みませんでした。

最初の文は、話題の本のうち「読んだ」と言えるものが全冊には及ばないことを表します。二つ目は、読んだ本が一冊もないことを表します。

・ĉiujn librojn:複数で、legis の目的語なので -jn
・neniun libron:単数で、legis の目的語なので -n

この -n は否定の印ではなく、目的語の役割を示す語尾です。ne の付く場所や neniu の意味とは分けて考えましょう。

【読むとき・書くときの確認】
・「全員・全部」の範囲に、誰や何が含まれているかを確かめる。
・「全員ではない」と言いたいのか、「一人もいない」と言いたいのかを分ける。
・ne が何の前に置かれているかを見る。
・neniu がすでに否定しているところに、同じ意味のつもりで ne を足していないか確かめる。
・主語か目的語かは別に見て、-n を選ぶ。

【確認問題】
次の場面を、最も明確に伝える文を選んでください。

① 話題の5人の生徒のうち、4人は来ましたが、1人は来ませんでした。
A. Ne ĉiuj lernantoj venis.
B. Neniu lernanto venis.

② 話題の5人の生徒は、一人も来ませんでした。
A. Ne ĉiuj lernantoj venis.
B. Neniu lernanto venis.

【答え】
① A。「全員が来たわけではない」と述べます。4人は来ているので、neniu は使えません。

② B。来た生徒が0人だと明示します。0人の場面で、ne ĉiuj とだけ伝えると、一部は来たと受け取られやすくなります。

【補足:「全員ではない」の論理と、日常の伝わり方】
「全員が来た」という主張だけを論理的に否定すれば、誰も来ない場合も排除されません。ただし、日常の ne ĉiuj は、一部は来たという含みで受け取られやすい表現です。0人だと伝えたいときは、neniu と明示しましょう。

【参照】
PMEG:否定(部分否定・NENI-語・二重否定)
PMEG:相関詞の基本(-j・-n と文脈による範囲)
lernu! 文法:否定
文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。最後の補足は、否定の範囲を論理的に考えた場合と、日常の伝わり方を分けるための説明です。

前の記事:ol mi と ol min はどう違う?
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ol mi と ol min はどう違う?
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Ana laŭdas Petron pli ofte ol mi.
Ana laŭdas Petron pli ofte ol min.

どちらも「アナがペトロをほめる頻度」を、何かと比べる文です。最後の mi を min に変えると、比較するもう一方の関係が変わります。日本語の「私より」だけで済ませず、「誰が、誰を、どのくらいほめるのか」を確かめましょう。

【1.ol mi:ほめる人を比べる】
Ana laŭdas Petron pli ofte ol mi.
アナは、私がペトロをほめるよりも頻繁に、ペトロをほめます。

比べているのは、次の二つの頻度です。
・アナがペトロをほめる頻度
・私がペトロをほめる頻度

省略されている部分を補うと、関係が見えます。
Ana laŭdas Petron pli ofte, ol mi laŭdas Petron.

ol の後の mi は、補った laŭdas の主語です。ほめられる相手は、どちらもペトロです。「アナと私のどちらが、ペトロをより頻繁にほめるか」を比べているので、ここは -n のない mi になります。

【2.ol min:ほめられる人を比べる】
Ana laŭdas Petron pli ofte ol min.
アナは、私をほめるよりも頻繁に、ペトロをほめます。

今度は、次の二つの頻度を比べます。
・アナがペトロをほめる頻度
・アナが私をほめる頻度

補うと、次のようになります。
Ana laŭdas Petron pli ofte, ol Ana laŭdas min.

ほめる人は、どちらもアナです。min は補った laŭdas の目的語なので、-n が付きます。「私がほめる」のではなく、「私をほめる」という関係です。

mi と min の違いによって、比べる内容が変わっています。

【3.ol が -n を決めるのではない】
ol は、ここでは pli ofte「より頻繁に」の比較相手を導く語です。「ol の後にはいつも -n」「ol の後では -n を付けない」のどちらも、規則にはなりません。

冒頭の例では、補った比較の節の中で、mi が主語なら ol mi、目的語なら ol min です。

また、Petron に -n があるから後ろも min にそろえる、ということでもありません。Petron はアナがほめる相手ですが、後ろで何を比較するかは別に決まります。

【4.前置詞で示す関係も、そのまま確かめる】
Mi parolas pli ofte kun Ana ol kun Petro.
私は、ペトロと話すよりも頻繁に、アナと話します。

比べるのは「私がアナと話す頻度」と「私がペトロと話す頻度」です。
Mi parolas pli ofte kun Ana, ol mi parolas kun Petro.

話す相手は kun Petro で示すので、短い形でも ol kun Petro とします。ol だけで kun の役割まで代わりに表せるわけではありません。

もし ol Petro にすると、この文では「ペトロがアナと話す頻度」と比較する読みになります。前置詞を省くと、比較する関係まで変わることがあります。

【5.近くの目的語の -n を、そのまま写さない】
Mi serĉas domon pli grandan ol la via.
私は、あなたの家より大きな家を探しています。

domon と grandan に -n があっても、比較相手は ol la via です。ここで比べるのは「家の大きさ」です。

説明を広げると、次のように考えられます。
Mi serĉas domon, kiu estas pli granda ol la via estas.
私は、あなたの家より大きい家を探しています。

比較の中の la via「あなたの家」は、estas の主語として働きます。私が「あなたの家を探す」という動作と比べているのではありません。

このように、何を比べる表現なのかも大切です。すべての ol の用法を、文全体の主語と目的語の二択だけで説明できるわけではありません。

【読むとき・書くときの確認】
・何を比べているかを探す。頻度、速さ、大きさなど。
・比較する二つの内容を、それぞれ「誰が、何をする」「何が、どうである」と広げる。
・その中での役割から、-n や前置詞を選ぶ。
・短い形では伝わりにくければ、動詞や主語を省かずに書く。

前回の kiu/kiun と同じく、近くの語の形を写すよりも、その部分の中での役割を見るのが手がかりです。

【確認問題】
空欄に mi と min のどちらを入れると、示した意味になるでしょうか。

① Petro vizitas Anan pli ofte ol ____.
ペトロは、私がアナを訪ねるよりも頻繁に、アナを訪ねます。

② Petro vizitas Anan pli ofte ol ____.
ペトロは、私を訪ねるよりも頻繁に、アナを訪ねます。

【答え】
① mi
比較部分を補うと ol mi vizitas Anan です。訪ねる人は「私」なので、mi が主語です。

② min
比較部分を補うと ol Petro vizitas min です。訪ねる人はペトロ、訪ねられる相手が「私」なので、min が目的語です。

【補足:比較するだけでは、両方の出来事があるとは限らない】
冒頭の二文では、比較相手の頻度が0回の場合もあります。ol mi の文から「私もペトロをほめている」、ol min の文から「アナは私もほめている」とまでは言えません。述べているのは、二つの頻度の大小関係です。

【参照】
PMEG:kiel・ol と文中の役割を示す形
lernu! 文法:比較(kiel・ol と格・前置詞)
文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:助けたのはどちら?――kiu と kiun
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助けたのはどちら?――kiu と kiun
文法Cai
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Mi salutis la viron, kiu helpis min.
Mi salutis la viron, kiun mi helpis.

どちらも「私はその男性に挨拶しました」という文ですが、助けたのが誰なのかは違います。kiu/kiun の形と、関係節の中の主語・目的語の関係を確かめましょう。

【1.二つの文を比べる】

① Mi salutis la viron, kiu helpis min.
私は、私を助けてくれた男性に挨拶しました。

・挨拶した人:私
・助けた人:その男性
・助けられた人:私

② Mi salutis la viron, kiun mi helpis.
私は、私が助けた男性に挨拶しました。

・挨拶した人:私
・助けた人:私
・助けられた人:その男性

ここでの kiu は、疑問の「誰?」ではありません。前に出た男性を受け、その男性について説明する節を導く「関係詞」です。その説明部分を「関係節」と呼びます。

①では kiu が helpis の主語、min が目的語です。②では mi が主語、kiun が目的語です。kiun は節の先頭にあっても、主語ではありません。

【2.関係節の中で、その男性を置き直す】

役割を確かめるため、二つの内容に分けて考えてみます。

①の組み立て
Mi salutis la viron.
私はその男性に挨拶しました。
La viro helpis min.
その男性が私を助けました。

後の内容では、その男性は主語の La viro です。これを関係詞で表すと、kiu helpis min になります。

②の組み立て
Mi salutis la viron.
私はその男性に挨拶しました。
Mi helpis la viron.
私はその男性を助けました。

後の内容では、その男性は目的語の la viron です。これを関係詞で表すと、kiun mi helpis になります。

同じ男性でも、「挨拶する」の目的語なのか、「助ける」の主語・目的語なのかは、節ごとに別に決まります。

【3.外側の -n は、そのまま引き継がない】

冒頭の二文は、どちらも la viron に -n が付いています。それでも、関係詞は一方が kiu、もう一方が kiun でした。

逆に、外側に -n がなくても、内側には付くことがあります。

La viro, kiun mi helpis, loĝas apude.
私が助けた男性は、近くに住んでいます。

・外側:La viro loĝas apude. ――その男性は「住んでいる」の主語
・内側:Mi helpis la viron. ――その男性は「助けた」の目的語

このため、外側は La viro、関係節の中は kiun になります。

「前の名詞に -n があるか」よりも、「関係節の中で、その人・物がどんな役割を持つか」を見ましょう。

【4.複数の -j と、目的語の -n は分けて考える】

Mi salutis la virojn, kiuj helpis min.
私は、私を助けてくれた男性たちに挨拶しました。

Mi salutis la virojn, kiujn mi helpis.
私は、私が助けた男性たちに挨拶しました。

どちらも複数の男性を指すので -j が付きます。そのうえで、関係節の主語なら kiuj、目的語なら kiujn です。

・-j:指している人・物が複数か
・-n:関係節の中で、目的語などの -n を必要とする役割か

この二つを、一緒に「前の名詞と同じ語尾にする」と覚えないことが大切です。

【5.前置詞も、関係節の中の関係で選ぶ】

Mi salutis la viron, al kiu mi donis la libron.
私は、その本を渡した相手の男性に挨拶しました。

内側の内容を取り出すと、次のようになります。

Mi donis la libron al la viro.
私はその男性に本を渡しました。

この男性は「何を渡したか」という目的語ではなく、al で示す受け取り手です。そのため、関係詞も al kiu になります。本のほうが目的語なので、la libron には -n が付きます。

al が関係を示しているので、男性を指す語にさらに -n を付ける必要はありません。また、al kiu のように、-n がなくても主語ではない場合があります。

【読むとき・書くときの確認】

・まず、関係節が説明している人・物を確かめる。
・次に、関係節の動詞を探す。
・その人・物を名詞に戻し、主語なのか、目的語なのか、前置詞を伴う相手なのかを確かめる。
・複数かどうかは別に確認し、kiu・kiun・kiuj・kiujn などを選ぶ。

前の記事の sia と同じく、文全体をひと続きに眺めず、節ごとの関係を見るのが手がかりです。

【確認問題】

空欄に kiu・kiun・kiuj・kiujn のどれが入るでしょうか。

① La libro, ____ kuŝas sur la tablo, estas mia.
テーブルの上に置いてある本は、私のものです。

② La libroj, ____ mi aĉetis hieraŭ, estas interesaj.
私が昨日買った本は、面白いです。(本は複数)

【答え】

① kiu
内側は La libro kuŝas sur la tablo.「その本はテーブルの上に置いてあります」。本は単数で、kuŝas の主語なので kiu です。

② kiujn
内側は Mi aĉetis la librojn hieraŭ.「私は昨日、それらの本を買いました」。本は複数で、aĉetis の目的語なので kiujn です。外側では La libroj が estas の主語でも、内側の役割は別です。

このように、関係詞 kiu は人だけでなく、物を説明するときにも使えます。

【補足:文を分けるのは、役割を確かめるため】

関係節は、どの人・物について話しているかを絞り込むこともあります。そのため、すべての関係節を独立した二文にしても意味が完全に同じ、というわけではありません。ここでの分解は、kiu が節の中でどんな役割を持つかを見つけるための方法です。

【参照】
PMEG:関係詞 kiu
lernu! 文法:従属節(関係詞 kiu)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:sia は誰を指す?――文の中にもう一つの文があるとき
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Karlo diris, ke Petro amas sian patron.
カルロは、ペトロが自分の父を愛していると言いました。

この「自分の父」は、ペトロの父です。文の最初に Karlo がいても、sian は自動的にカルロへ戻るわけではありません。手がかりは、文の中にある「もう一つの文」です。

【1.ke の内側と外側を分ける】

この文には、主語と述語の組み合わせが二つあります。

・Karlo diris:カルロが言った
・ke Petro amas sian patron:ペトロが自分の父を愛している、ということ

ke から始まる部分は、「何と言ったか」を表す従属節です。その中にも、主語 Petro と述語 amas があります。

sian patron は amas の目的語で、この節の中に属します。そこで sian は、この節の主語 Petro を指します。

「言った人」と「愛している人」を分け、sian がどちらの述語に属する部分にあるかを確かめましょう。

【2.lian にすると、誰の父になる?】

① Karlo diris, ke Petro amas sian patron.
カルロは、ペトロがペトロ自身の父を愛していると言いました。

② Karlo diris, ke Petro amas lian patron.
カルロは、ペトロがある男性の父を愛していると言いました。

②の lian は、この形では Petro 以外の男性を指します。文脈によって Karlo を指すことはありますが、別の男性かもしれません。「sia は内側の主語、lia は必ず外側の主語」という一対一の規則ではありません。

カルロの父だとはっきり伝えたいなら、名前を使えます。

Karlo diris, ke Petro amas la patron de Karlo.
カルロは、ペトロがカルロの父を愛していると言いました。

多少繰り返しになっても、誰を指すかが重要な場面では、このほうが確実です。

【3.外側の主語と、同じ人物になることもある】

Karlo diris, ke li amas sian patron.

ここでは、まず li が誰なのかを文脈から確かめます。li が Karlo を指しているなら、sian patron はカルロ自身の父です。li が別の男性なら、その男性自身の父です。

これは「sia が節を飛び越えて Karlo を指す」ということではありません。sian が対応するのは、あくまで amas の主語 li です。その li と Karlo が同じ人物である場合があるのです。

「どの語に文法上対応するか」と「その語が誰を指しているか」を、二段階で考えると混乱しません。

【4.sia は「自分の」なら何にでも使える?】

sia は、三人称の主語を受ける再帰的な所有の形です。主語が私・私たち・あなたなら、mia・nia・via を使います。

Mi amas mian patron.
私は自分の父を愛しています。

また、sia は男性専用でも、単数の人専用でもありません。

Ŝi prenis siajn librojn.
彼女は自分の本を何冊か取りました。

Ili revenis al sia domo.
彼らは自分たちの家へ帰りました。

siaj の -j は、所有者が何人かではなく、後ろの名詞の複数に対応します。上の siajn librojn では、本が複数で、目的語でもあるため -jn が付きます。一方、所有者が複数の Ili でも、家が一軒なら sia domo です。

【5.従属節の主語に sia を使えばよい、とは限らない】

「カルロは、カルロの父が来ると言った」と書きたいとします。

× Karlo diris, ke sia patro venos.

この意図では不適切です。ke 節の主語は sia patro 全体です。sia を使って、外側の主語 Karlo に結び付けることはできません。

○ Karlo diris, ke lia patro venos.
カルロは、彼の父が来ると言いました。

この lia が誰を指すかは文脈で判断します。カルロの父だと明示するなら、ke la patro de Karlo venos と書けます。si そのものを、li の代わりに従属節の主語にすることもできません。

【読むときの確認】

・ke などで区切られる節を見つける。
・sia を含む部分が、どの節に属するか確かめる。
・その節の述語と、文法上の主語を探す。
・主語が li などの代名詞なら、それが誰を指すかを文脈で確かめる。

「一番近い人名」や「文の最初の人」に機械的に結び付けないことが大切です。

【確認問題】

① Eva diris, ke Maria serĉas sian libron.
探している本は、誰の本でしょうか。

② Karlo diris al Petro, ke li perdis sian ŝlosilon.
なくした鍵が誰のものか、この一文だけで決められるでしょうか。

【答え】

① マリアの本です。
「エヴァは、マリアが自分の本を探していると言いました。」
serĉas の主語は Maria なので、sian は Maria に対応します。

② まず li が誰を指すかを確かめる必要があります。
「カルロはペトロに、彼が自分の鍵をなくしたと言いました。」
sian は perdis の主語 li に対応します。li が Karlo ならカルロの鍵、Petro ならペトロの鍵です。文脈に別の男性が登場していれば、その人を指す可能性もあります。

【補足:不定詞にも、意味上の主語がある】

今回は、ke 節のように主語と述語がそろった場合を中心に扱いました。不定詞・分詞・動作を表す名詞を含む表現では、その中の意味上の主語を考える場合もあります。「ke がなければ、sia は必ず文全体の主語を指す」とは覚えないでください。

例えば Petro petis Karlon lavi sian tason. では、カップを洗うよう頼まれたのはカルロです。この sian は lavi の意味上の主語であるカルロに対応し、「カルロ自身のカップ」を表します。以前の記事の、不定詞の動作主の見分け方につながります。

関連記事:「来る」のは誰?――不定詞の動作主

【参照】
PMEG:単純な文の si・sia
PMEG:複雑な文の si・sia(従属節・不定詞など)
lernu! 文法:代名詞(si・sia)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成したものです。

前の記事:動いていても -n が要らない?――場所と行き先
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Li kuris en la parko. と Li kuris en la parkon. は、どちらも彼が走ったことを述べます。違うのは、「公園」が走る場所なのか、走って入る先なのかです。

【1.動いていても、場所なら -n は付けない】

① Li kuris en la parko.
彼は公園の中を走りました。

② Li kuris en la parkon.
彼は公園の中へ走って入りました。

①の en la parko は「どこで走ったか」を示します。彼は止まっているわけではありません。走る動作が、公園の中で行われたのです。

②の en la parkon は「どこへ移ったか」を示します。公園の外から、その中へ入る移動を表します。

つまり、-n を付けるかどうかは「動く動詞か」だけでは決まりません。その場所を、動作の起きる場所として述べるのか、移動先として述べるのかを見ます。

【2.「どこで?」と「どこへ?」を分ける】

en・sur・sub などの場所を表す前置詞では、次の対比が役立ちます。

・en la skatolo:箱の中で/箱の中にある
・en la skatolon:箱の中へ
・sur la seĝo:椅子の上で/椅子の上にある
・sur la seĝon:椅子の上へ
・sub la lito:ベッドの下で/ベッドの下にある
・sub la liton:ベッドの下へ

「どこで・どこに?」は kie?、「どこへ?」は kien? です。日本語の「に」だけでは、場所と行き先の両方を表せるので、意味を確かめましょう。

形容詞がある場合は、その語尾もそろえます。
en la granda parko → en la grandan parkon
「大きな公園の中で」→「大きな公園の中へ」

【3.移動するのは、主語とは限らない】

Mi metis la tason sur la tablon.
私はカップをテーブルの上に置きました。

この文には、役割の違う二つの -n があります。

・la tason:「何を置いたか」を表す目的語
・sur la tablon:「どこへ置いたか」を表す移動先

テーブルの上へ移るのは、主語の私ではなくカップです。「私が動いたか」だけを見ても判断できません。また、同じ -n でも、tablon が metis のもう一つの目的語になるわけではありません。

【4.al には、すでに方向の意味がある】

Li kuris al la parko.
彼は公園に向かって走りました。

al 自体が行き先への方向を示すので、方向を示すためにさらに -n を付けません。この文だけでは、公園の中へ入ったとは言っていません。中へ入ることを明確に述べるなら、en la parkon です。

Li kuris el la parko.
彼は公園の中から走り出ました。

el は「中から」という出発点を示します。これにも方向を理由とする -n は付けません。方向の -n は「その場所へ向かう」意味であり、「その場所から離れる」意味には使いません。

ここで扱うのは al・el の空間的な使い方です。「動くなら、どの前置詞の後にも -n」という規則ではありません。

【5.hejme と hejmen も同じ対比】

Mi ekzercas min hejme.
私は家で運動します。

Mi iras hejmen.
私は家へ行きます(帰ります)。

hejme は動作の場所、hejmen は向かう先を表します。同様に tie は「そこで/そこに」、tien は「そこへ」です。

前回の facile は「簡単に」という行い方を表せましたが、hejme は場所を表す副詞です。どの -e 語にも方向の -n を自由に付けられるわけではありません。

【確認問題】

次の場面を表すには、どちらを選ぶでしょうか。

① 猫はすでにベッドの下にいて、そこで遊んでいました。
La kato ludis sub la lito / sub la liton.

② 猫はベッドの外側から走り、その下へ潜り込みました。
La kato kuris sub la lito / sub la liton.

【答え】

① sub la lito:「猫はベッドの下で遊んでいました。」
ベッドの下は、遊ぶ動作が起きた場所です。

② sub la liton:「猫はベッドの下へ走って入りました。」
ベッドの下が移動先です。もし sub la lito なら、「ベッドの下で走った」という別の場面になります。

【補足:「変化がある」だけでも決めない】

sidiĝi sur seĝo「椅子に腰を下ろす」のように、姿勢の変化を述べる表現では、通常 -n なしでも使います。座る場所への移動を強調するなら、sur seĝon とも言えます。

「座る前と後で姿が変わるから必ず -n」と考える必要はありません。基本の場所・行き先の対比をつかんだうえで、動詞の意味や、その文で何を述べたいかも確かめましょう。

【参照】
PMEG:方向を表す -n
lernu! 文法:対格(方向)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに構成しました。補足の sidiĝi sur seĝo/sur seĝon は、PMEGで説明されている表現です。

前の記事:なぜ facila と facile が変わる?
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なぜ facila と facile が変わる?
文法Cai
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La tasko estas facila. は「その課題は簡単です」、Fari tion estas facile. は「それをするのは簡単です」です。日本語ではどちらも「簡単です」なのに、エスペラントでは語尾が違います。

手がかりは、「何について簡単だと言っているか」と「その主語をどの形で表しているか」です。

【1.La tasko を説明するなら facila】
La tasko estas facila.
その課題は簡単です。

主語は La tasko「その課題」という名詞句です。facila は、estas を介してその性質を述べる形容詞です。このように主語を説明する部分を「補語」と呼びます。

複数なら、形容詞も複数になります。
La taskoj estas facilaj.
それらの課題は簡単です。

【2.Fari tion を説明するなら facile】
Fari tion estas facile.
それをするのは簡単です。

主語は Fari tion「それをすること」全体です。fari は -i で終わる不定詞で、ここではその不定詞句が主語になっています。これについて「簡単だ」と性質を述べる補語は、-e 形の facile にします。

tion は fari「する」の目的語です。文全体の主語を tion だけだと考えないようにしましょう。

語順を変えても同じです。
Estas facile fari tion.
それをするのは簡単です。

主語 fari tion が後ろに移っていますが、その形は変わりません。主語はいつも文頭にあるとは限らないのです。

【3.動作を表す内容でも、名詞なら -a】
「物の話なら -a、動作の話なら -e」とだけ覚えると、次の文で迷います。

① Legi tiun tekston estas facile.
その文章を読むのは簡単です。

② La legado de tiu teksto estas facila.
その文章を読むことは簡単です。

どちらも読む活動について述べていますが、①の主語は不定詞句、②の主語は legado という名詞を中心とする名詞句です。そのため、①は facile、②は facila になります。

意味だけでなく、文の中でどんな形の語句を説明しているかを確かめましょう。

Tio estas facila.
それは簡単です。

この Tio が前に話した動作を指していても、Tio 自体は名詞のように働く語です。主語を Tio と表したこの文では facila を使います。

【4.同じ副詞形 facile でも、役割は二つ】
① Fari tion estas facile.
それをするのは簡単です。
→ facile は、不定詞句の主語 fari tion について評価を述べる補語です。

② Mi facile faris tion.
私はそれを簡単に行いました。
→ facile は、faris「行った」を修飾し、苦労なく行ったことを表す副詞です。

どちらも副詞形ですが、文中での働きが異なります。①は容易さを述べる文で、誰かが実際にそれをしたとまでは言っていません。②は、私が行ったことと、その行い方を述べています。

-e だから必ず日本語の「~に」と訳す、ということではありません。①のように「簡単だ」と訳す場合もあります。

【読むとき・書くときの確認】
・まず、「何が簡単なのか」を表す主語を探す。
・La tasko や Tio のような主語か、Fari tion のような不定詞句かを確かめる。
・主語の性質を述べる補語なのか、Mi facile faris tion. のように動作を修飾する副詞なのかを分ける。

「estas の後だから必ず -a」と決めず、主語との関係を確認しましょう。

【確認問題】
空欄に facila・facilaj・facile のどれが入るでしょうか。
① La ekzercoj estas ____.
② Solvi tiujn ekzercojn estas ____.

【答え】
① facilaj:「それらの練習問題は簡単です。」
主語 La ekzercoj が複数の名詞句なので、形容詞も複数にします。

② facile:「それらの練習問題を解くのは簡単です。」
主語は Solvi tiujn ekzercojn 全体という不定詞句です。ekzercojn が複数でも、それは solvi の目的語なので、補語を facilaj にはしません。

【補足:不定詞以外でも -e になる場合】
Estas bone, ke vi venis.
あなたが来てくれてよかったです。

このように ke の節を主語として、その内容を評価する場合も -e 形を使います。また、Estas varme ĉi tie.「ここは暑いです」のように、主語を置かずに状況を述べる文でも -e 形を使います。

ただし、単に主語の語を省略しただけの文とは区別します。Estu afabla!「親切にしてください」なら、主語として vi を補えるので afabla です。

ここで扱ったのは、facila/facile のように性質や評価を述べる形の選び方です。Fari tion estas plezuro.「それをするのは喜びです」のように、名詞を補語に使うこともできます。

【参照】
PMEG:不定詞を主語にする文
PMEG:主語を説明する補語(形容詞・副詞)
lernu! 文法:副詞の使い方

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに作成したもので、資料からの例文の引用ではありません。

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走っているのは誰?――kuri と kurante
文法Cai
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Mi vidis lin kuri. は「私は彼が走るのを見た」、Mi vidis lin kurante. は「私は走りながら彼を見た」です。kuri を kurante に変えると、この二つの文では、走る動作が誰のものかが変わります。

【1.二つの文を比べる】
① Mi vidis lin kuri.
私は彼が走るのを見ました。
・見た人:私
・走っている人:彼

② Mi vidis lin kurante.
私は走りながら、彼を見ました。
・見た人:私
・走っている人:私

①は「私が走っていなかった」とまでは述べていません。②も「彼が走っていなかった」とは限りません。比べているのは、文の中で誰の走る動作を述べているかです。

【2.kuri:彼が走るという、見た内容】
kuri は「走る」という不定詞です。Mi vidis lin kuri. では、lin が vidis の目的語で、その人がする動作を kuri で述べています。

「私が見た」という文の主語は Mi です。一方、kuri の意味上の主語、つまり走る人は li です。前回の記事の Mi vidis lin veni.「私は彼が来るのを見た」と同じ型です。

これは vidi などの知覚動詞をこの形で使った場合の説明です。不定詞ならいつでも目的語の動作になる、という規則ではありません。

【3.kurante:自分が走っているときに見た】
kurante は、kur- に -ant- と -e を付けた、分詞の副詞形です。この文では「走りながら」という、そのときの動作を付け加えています。その動作をするのは、主語 Mi です。

kurante が lin のすぐ後ろにあっても、lin の動作を表すわけではありません。文頭に置くと、関係がつかみやすくなります。

Kurante, mi vidis lin.
走りながら、私は彼を見ました。

内容を広げれば、次のように言えます。
Dum mi kuris, mi vidis lin.
私が走っている間に、私は彼を見ました。

「走った」と「見た」の両方をするのが私なので、kurante という形にまとめられます。ここで -ante が表すのは、過去の「見た」ときに進行していた動作です。「今この瞬間に走っている」という意味に固定されるわけではありません。

【4.二つの動作をする人が違うなら】
「私が走っていると、電話が鳴った」と言いたいとします。

× Kurante, mia telefono sonoris.
この意図では避けたい形です。主語が mia telefono なので、電話が走っているような関係になってしまいます。

○ Dum mi kuris, mia telefono sonoris.
私が走っている間に、私の電話が鳴りました。

dum の節には主語 mi、後半の節には主語 mia telefono があります。誰が何をするのかを別々に書けるので、関係が明確になります。

同じように、Dum li kuris, mi vidis lin. なら、走っている人を li と明示できます。ただし、dum の節は「見たときの事情」を述べる形で、Mi vidis lin kuri. のように「走ることを見た内容として述べる」形とは、説明の中心が異なります。

【読むときの確認】
・まず、主な動詞の主語を探す。vidis「見た」のは誰か。
・kuri なら、動詞と文の組み立てから、不定詞の動作をする人を確認する。
・kurante がそのときの動作を付け加えているなら、その動作と主語の関係を確認する。
・主語の異なる出来事を述べたいときは、dum などの節でそれぞれの主語を明示する。

【確認問題】
次の文で、歌っているのは誰でしょうか。
① Mi aŭdis ŝin kanti.
② Kantante, mi aŭdis ŝin.

【答え】
①は彼女です。「私は彼女が歌うのを聞きました。」
②は私です。「私は歌いながら、彼女の声を聞きました。」
①では聞いた内容として彼女の歌う動作を述べ、②では聞いたときの私の動作を付け加えています。

【補足:この説明の範囲】
ここでは、主な動作にもう一つの動作を付け加える、分詞の副詞形を扱いました。すべての -e 語が主語の動作を表すわけではありません。また、分詞の -e 形にもほかの使い方があります。

【参照】
PMEG:分詞の副詞形
PMEG:知覚動詞に伴う不定詞
lernu! 文法:分詞(分詞副詞)

文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに作成したもので、資料からの例文の引用ではありません。

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