Mi vidis lin kuri. は「私は彼が走るのを見た」、Mi vidis lin kurante. は「私は走りながら彼を見た」です。kuri を kurante に変えると、この二つの文では、走る動作が誰のものかが変わります。
【1.二つの文を比べる】
① Mi vidis lin kuri.
私は彼が走るのを見ました。
・見た人:私
・走っている人:彼
② Mi vidis lin kurante.
私は走りながら、彼を見ました。
・見た人:私
・走っている人:私
①は「私が走っていなかった」とまでは述べていません。②も「彼が走っていなかった」とは限りません。比べているのは、文の中で誰の走る動作を述べているかです。
【2.kuri:彼が走るという、見た内容】
kuri は「走る」という不定詞です。Mi vidis lin kuri. では、lin が vidis の目的語で、その人がする動作を kuri で述べています。
「私が見た」という文の主語は Mi です。一方、kuri の意味上の主語、つまり走る人は li です。前回の記事の Mi vidis lin veni.「私は彼が来るのを見た」と同じ型です。
これは vidi などの知覚動詞をこの形で使った場合の説明です。不定詞ならいつでも目的語の動作になる、という規則ではありません。
【3.kurante:自分が走っているときに見た】
kurante は、kur- に -ant- と -e を付けた、分詞の副詞形です。この文では「走りながら」という、そのときの動作を付け加えています。その動作をするのは、主語 Mi です。
kurante が lin のすぐ後ろにあっても、lin の動作を表すわけではありません。文頭に置くと、関係がつかみやすくなります。
Kurante, mi vidis lin.
走りながら、私は彼を見ました。
内容を広げれば、次のように言えます。
Dum mi kuris, mi vidis lin.
私が走っている間に、私は彼を見ました。
「走った」と「見た」の両方をするのが私なので、kurante という形にまとめられます。ここで -ante が表すのは、過去の「見た」ときに進行していた動作です。「今この瞬間に走っている」という意味に固定されるわけではありません。
【4.二つの動作をする人が違うなら】
「私が走っていると、電話が鳴った」と言いたいとします。
× Kurante, mia telefono sonoris.
この意図では避けたい形です。主語が mia telefono なので、電話が走っているような関係になってしまいます。
○ Dum mi kuris, mia telefono sonoris.
私が走っている間に、私の電話が鳴りました。
dum の節には主語 mi、後半の節には主語 mia telefono があります。誰が何をするのかを別々に書けるので、関係が明確になります。
同じように、Dum li kuris, mi vidis lin. なら、走っている人を li と明示できます。ただし、dum の節は「見たときの事情」を述べる形で、Mi vidis lin kuri. のように「走ることを見た内容として述べる」形とは、説明の中心が異なります。
【読むときの確認】
・まず、主な動詞の主語を探す。vidis「見た」のは誰か。
・kuri なら、動詞と文の組み立てから、不定詞の動作をする人を確認する。
・kurante がそのときの動作を付け加えているなら、その動作と主語の関係を確認する。
・主語の異なる出来事を述べたいときは、dum などの節でそれぞれの主語を明示する。
【確認問題】
次の文で、歌っているのは誰でしょうか。
① Mi aŭdis ŝin kanti.
② Kantante, mi aŭdis ŝin.
【答え】
①は彼女です。「私は彼女が歌うのを聞きました。」
②は私です。「私は歌いながら、彼女の声を聞きました。」
①では聞いた内容として彼女の歌う動作を述べ、②では聞いたときの私の動作を付け加えています。
【補足:この説明の範囲】
ここでは、主な動作にもう一つの動作を付け加える、分詞の副詞形を扱いました。すべての -e 語が主語の動作を表すわけではありません。また、分詞の -e 形にもほかの使い方があります。
【参照】
PMEG:分詞の副詞形
PMEG:知覚動詞に伴う不定詞
lernu! 文法:分詞(分詞副詞)
文法事項は上記資料を参照しています。説明・例文・日本語訳・確認問題はKajero向けに作成したもので、資料からの例文の引用ではありません。
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